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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」18

「遅かったね」 席に戻ると、智也がちょっと心配そうな顔をしていた。 「んー。まあね」 「その格好で、どちらのトイレに入ったんだい?」 「ん?ああ、参ったよね。普通に紳士用に入ろうとしたらさ、あき……いや、居合わせた男にそっちは男性用ですよとか言われちゃってさ」 祥悟が苦笑いしながら誤魔化すと、智也も苦笑して 「ああ…やっぱり。君が行ってしまってから俺もそれに気づいたんだ。大丈夫かな?って心配してたよ。で、どうしたんだい?」 祥悟は椅子に座ると、智也の肩にぴとっと頭を預けて 「んー。そいつが行っちまうまで別んとこうろうろしてやり過ごした」 智也が手を伸ばしてきて肩を抱いてくる。 「そうか。オプションのデザートを食べたら部屋の方に行こう。余計な気兼ねなんかしないでゆっくり出来るからね」 「ん」 ……はぁ。やっぱ智也とこうしてるとなんか安心するよな。こいつって優しいし、流れてる時間が違う感じでさ。それにめちゃくちゃ格好いいし。暁くんなんかに全然負けてねえもんな。 「……どうしたの?俺の顔に何かついてる?」 穏やかに問いかけられて、祥悟はハッとしてぷいっと目を逸らした。 「別に。何でもねーし」 「ふふ。君がトイレにいる時に鉢合わせたら、きっとびっくりされたよね。本当に今日の君、どこからどう見ても女性にしか見えないよ」 祥悟は頬杖をつきながら、特別デザートのメニューをパラパラとめくって 「でもおまえはさ、女は興味ないんだろ?」 「うん……まあね。綺麗な女性を見るのは好きだよ。でも、そうだね、それ以上の興味は持てないかな」 「おまえ、俺とこうなるまでゲイだって隠してたじゃん?……なんで?」 ちろっと横目で智也を見る。理由は何となく分かっているが、前から一度きちんと聞いてみたかったのだ。智也自身の本音を。 智也は目が合うと、うろうろと視線を彷徨わせて 「それは……やっぱり……君に嫌われたくなかったから…だね」 「嫌わねえじゃん。俺、そういうの全然気にしねえし」 「うん。でも……やっぱり意識してしまうだろう?俺と2人きりになった時に、そういうことって」 「まあね。気にならねえって言ったら嘘だよな。でも嫌ったりはしないし」 智也は肩を抱く手に力を込めて 「本当はね、言ってしまいたかった。君に嘘をついているのは、正直心苦しかったよ。ただ……言ってしまえば君は、俺とすることをゲイだからって意識してしまうよね。俺は君が大人になって、好奇心じゃなくて自分の意思で相手を選ぶようになるまで、余計な先入観を持って欲しくなかったんだ。まだ若かった君を、俺の自分勝手な気持ちで、こちら側に引きずり込みたくなかった……のかな……」 智也の言うことは、分かるようでよく分からない。 あの頃、智也と好奇心でエロいことはしていたが、智也がゲイだと知った上でだったら、自分の意識は何か変わっていたのだろうか? 「おまえってさ、いろいろ考え過ぎだよな」 祥悟はぼそっと呟くと、智也はちょっとせつない目をして苦笑して 「そうかもしれないね。今なら分かるよ。俺がゲイだと知っていても、君はきっと変わらなかったんだろうなってね」 智也は優しい。きっと優しすぎるのだ。 だから余計な先回りをして、こちらの気持ちばかり気にして、ずっと苦しんでいたのだろう。 祥悟は、頬を智也の腕に擦り寄せて 「そんな顔すんなっつの。俺とおまえは、きっとさ、どんな風にしたって、こうなる運命だったんだし。だろ?」 智也はこちらの顔をまじまじと覗き込み、ちょっと泣きそうな目をして微笑んだ。

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