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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」19
「ふぅ……。さすがに食いすぎたな」
ため息をついて腹をさすると、雅紀も自分の腹をくるくる撫でて
「ほんと……やっぱり食べ過ぎちゃいました。お腹ぽこんってなってるかも」
暁はにやにや笑いながら、手を伸ばしてドレスのウェスト部分を撫で回した。
「はは。きつくなってんだろ~。大丈夫だ。部屋に行って脱がしてやるよ」
雅紀は顔を真っ赤にして、手をペチペチ叩いてくる。
「んっもぉ~。どこ触ってるんですか!」
「いてっ、わかったわかった、痛えって。そんな叩くなよ」
雅紀は椅子ごとちょっと離れて、ちろっと横目で睨んでいる。
「暁さん、酔ってるでしょ。目がスケベ親父になってます……」
「酔ってねえって。つか、そのジト目やめろっての。せっかくの美人さんが台無しだぜ」
「……美人さんじゃ、ないし。給仕さん、変だなーって思ってますよね、きっと。なるべく喋らないようにしてたけど……」
落ち込み始めた雅紀の肩を、暁はぎゅーっと抱き寄せた。
「んなこと思ってねえって。おまえはほんと可愛いぜ。自信持て。祥悟なんかと比べ物にならねえくらい清楚で綺麗だからな」
俯いていた雅紀がひょこんっと顔をあげる。
「祥悟さん……?どうしてここに祥悟さんが、出てくるんですか?」
きょとんと首を傾げる雅紀に、暁は内心しまった!…っと舌打ちした。
うっかり名前を出してしまった。
「う?あ、いや、例えば…だよ。うんうん。あいつが女装してもこうは……あ?や、ちょっと待て、秋音。おまえに替わるのは部屋に行ってから…」
暁は焦って、自分の中の秋音に抵抗した。
秋音は何故か怒っていて、すぐに表に出させろとうるさい。
雅紀はますます不思議そうに首を傾げた。
「秋音……さん?出たいって言ってるの?暁さん」
雅紀に答えようとした時、いきなり意識がシャットアウトされた。
「秋音さん……?」
ぱちぱちと瞬きしながらこちらを見ている雅紀に、秋音は苦笑した。
「そうだ。暁のやつ、調子に乗り過ぎだからな。ちょっと早いが強制交代だ」
雅紀はくすくす笑い出した。
「それ、きっと暁さん納得しないですよね」
「まあ、仕方ないな。あいつはスケベ心が丸出しになると、またくだらん暴走を始める。せっかくの素敵な夜が台無しになってしまうだろう?」
秋音はふふ…っと笑うと、雅紀の手を取って持ち上げ、恭しく口づける。
雅紀はじわっと目元を染めて、でも嬉しそうに微笑んだ。
「綺麗だよ、雅紀。おまえの笑顔はあの夜景より眩しく見えるな」
「わ……あ、秋音さん、それ、言い過ぎです……」
「馬鹿だな、雅紀。俺は本当に思ったことしか口に出さない。暁がまた調子に乗って、おまえに女装させると言うから、ちょっとハラハラしてたんだが……俺もその可愛い姿を見られて嬉しいよ」
雅紀は耳まで真っ赤になって、恥ずかしそうに俯いた。
「もう……秋音さん。そういうこと、まったく照れずに言えちゃうし。顔、熱くなってきちゃいます」
秋音は雅紀の肩を抱き寄せて、赤くなった頬にそっとキスをした。
「それにしても暁のやつ……」
「暁さんが、どうかしたんですか?」
「さっき洗面所に行った時にな、女の尻に見とれて歩いてたんだ」
「え……っ」
目を見張る雅紀に、秋音は苦笑いしてみせて
「正確には、女の格好をした人の尻に、だがな」
雅紀はきょとんとしている。
さて。祥悟に会ったことを、雅紀に言うべきか否か。
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