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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」21
祥悟は、2台並んだメインエレベーターの階数表示を目で追いながら、ロビーに向かった。
……あいつら……もう先に部屋に行っちゃったかな?
暁はともかくとして、雅紀には会いたかった。どんな女装をしているのか、実は興味津々なのだ。
ふらふらと歩いていると、エレベーターホールを出てすぐの柱の陰の椅子に、誰か座っているのが見える。オーガンジーを重ねたふわふわの白いドレスを着た細身の女だ。そのまま通り過ぎかけて、祥悟は足を止めた。振り返って座っている女を凝視する。
……雅紀だ。
女は最初顔を伏せていたが、おずおずと顔をあげ周りを見回した。柔らかい髪色の長い巻き毛に包まれた小さな顔。ロマンティックな雰囲気の可愛らしい女性に見えるが、間違いない。
あの顔は…雅紀だ。
祥悟は口の端をにぃーっとあげて微笑んだ。
ターゲット、ロックオン。
つかつかと女に歩み寄る。
女が顔をあげた。不思議そうにこちらを見つめるその瞳が、大きく見開かれていく。
「お久しぶり。仔猫ちゃん。元気にしてた?」
「……っっっ」
雅紀はひゅっという音が聴こえるほど息をのみ、バッと立ち上がった。
「お。どうしたのさ?そんなに驚いて。目ん玉開きすぎ。こぼれちゃいそうだけど?」
「しっ…祥悟、さん……?」
「ふふ。よく分かったね、仔猫ちゃん」
ずいっと歩み寄ると、雅紀は椅子の後ろの壁にへばりついた。本当は逃げ出したかったのだろうが、タイミングを失ったらしい。
祥悟はにっこり笑って顔を近づけると
「どうしてそんなに怯えるの?俺に会えて嬉しいでしょ?」
雅紀は救いを求めるように、視線をうろうろと彷徨わせた。
ということは、フロントにはきっと暁がいるのだ。そして、智也もそこに向かったから鉢合わせになるだろう。
……邪魔が入る前に、この子を連れ出さないと。
祥悟は雅紀の腕を掴んでグイッと引き寄せると
「騒いじゃダメだよ。目立つと男だってバレちゃうからね」
竦み上がる雅紀に鋭く釘をさし、エレベーターに向かって歩き出した。
「ま、待って、どこに、」
「しー。静かに」
抵抗の声を封じて、エレベーターまで半ば引きずっていくと、ボタンを押した。
ボンっと音がして扉が厳かに開く。
抵抗する余裕もない雅紀を先に中に押し込むと、素早く自分も入って扉を閉める。
……ふふ。成功。さて、どこに連れて行こうかなぁ。
ほくそ笑みながら振り返ると、雅紀は一番奥の壁にこちらを向いて張り付いていた。
……へえ。やっぱ綺麗だわ、こいつ。
自分と同じで身長はそこそこあるのに、男にしては華奢な身体。
純白のカクテルドレスはウェストがきゅっと括れて、ふんわりと流れ落ちるオーガンジーに包まれたスカートは、上品な膝下丈だ。
そこからすらりと伸びた美脚も、とても男のそれとは思えない。
上に目を向ければ、マロン色のロングヘアウィッグの巻き毛が、ふうわりと包み込む小さな顔。
まるでDOLLのように整った美しい顔立ちは、ほんの少し垂れ気味の大きな瞳のせいで、ちょっとアンバランスな幼さがあって愛らしい。
恐らくは暁の趣味なのだろう。
綺麗なデコルテを覆うショート丈の上着は、真っ白な兎のようなふわふわの毛で縁取られていて、雅紀の可愛らしい容姿をいっそう引き立てていた。
同じ女装でも、自分とはタイプが真逆だ。
祥悟は感心しながら……ちょっと面白くない気分になっていた。
……智也の好みのタイプってさ。実はこういう感じなんじゃねーの?
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