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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」23

モデル時代、あまり浮いた噂がなかった智也だが、1人だけ本命彼女か結婚秒読みかと騒がれた相手がいた。 日本人とドイツ人のハーフで、祥吾とは同い年のモデルだった。 結局単なる噂話で、その娘は実業家と結婚して早々に引退し、今はフランスで暮らしている。だが、当時、自分が問い詰めても智也はハッキリ否定しなかったから、恋人だったのだと思っていた。 その彼女が、目の前にいるこのお人形さんのように綺麗な仔猫ちゃんにかなりよく似ていたのだ。 ……智也、やっぱこいつみたいな子、きっとタイプだよね。 智也はゲイだ。だからあの彼女とは何もなかったのだと今なら分かる。だが、雅紀は男だ。智也の恋愛対象になり得る存在なのだ。 「どこ、行くんですか?」 震える小声で聞いてくる雅紀は、既に涙目だった。 そんなに怯えなくていいのに。取って食いはしない。いや……食いはしないけど……そういう顔をされると、妙に嗜虐心を煽られてもっといじめてみたくなる。 祥悟は雅紀を壁に追い詰めながら、唇が触れそうなほど顔を近づけた。雅紀は赤くなって必死に顔を背ける。 ……こういう態度するから、余計にいじめたくなるんじゃん。 などと理不尽な言い掛かりを心の中で呟きながら 「ね?雅紀。君ってさ、可愛いよね。キス……してもいい?」 顔を背けたせいで目の前に差し出された形のいい耳に、吐息を吹きかけながら囁いてみる。雅紀はビクッとして横目で睨んできた。 「…っだめ、です」 祥悟はその返事を無視して、耳たぶをそっと唇で挟む。 「ぁっ、や…」 ちゅっと吸い付きすぐに外して、唇をそのまま頬へと滑らせる。 雅紀は首を竦めてこちらの身体を押し戻そうともがくが、構わず唇を滑らせて口の端にキスをした。 壁伝いに逃れようとする雅紀のスカートの裾をたくし上げ、中に手を突っ込みまさぐる。 「この服ってさ、暁くんの趣味?下着もきっと可愛いんだよね?」 「しょ、ごさ、やめ、やめて。さ、触んない、で」 ぷるぷる震えながら腰を引こうともがく。 祥悟は下腹の辺りをさわさわと指先で触れてみた。この感触だと、下着もたぶん女物で、ご丁寧にフリル付きのガーターベルトをつけているらしい。 ……ふーん。徹底してるじゃん。これって完全に暁くんの趣味だよね。 「やっ、やめて、祥悟さ、やだぁ、」 雅紀は身をよじって、涙声をあげた。 祥悟はあっさりと手を離し、雅紀から離れると、エレベーターの行き先階数ボタンを急いで押した。 さっきの展望レストランでは、暁たちにすぐ見つかってしまう。たしかこのホテルには、室内プールとジムがあったはずだ。 雅紀は一番奥の壁に、こちらに背を向けてへばりついている。このエレベーターには監視モニターがついていた。見た目は間違いなく女2人だから、さっきの状況も痴漢には見えないだろう。監視カメラとおぼしき場所からは死角になるようにして、ちょっとだけ悪戯してみたが、ここであまり派手にやらかすと、本当に警備員が来てしまうかもしれない。 ……ふふ。ここのジムってたしか貸切の休憩ルームがあったはず。個室に連れ込んで、ちょっといたずらしちゃおうかな。 「え?じゃあ、さっきトイレに行った時に?」 「そ。会ってるんですよ、祥悟に」 「そうなのか……。じゃああの話の相手って、君のことだったんだね」 智也はまだ事態が掴めていないらしく、穏やかにそう言って微笑んだ。 暁は首を竦めて 「あいつ、雅紀を見るといろいろちょっかい出したくなるでしょう?恐らく無理やり引っ張って行ったんですよ」 「うん。あの2人、仲がいいからね」 智也の呑気な言葉に、暁は唖然とした。 あれを仲がいいと微笑ましく言えてしまう智也の、緊迫感のなさにびっくりだ。 ……いや……なんつーか、真名瀬さん。あんたってつくづく……大物だわ。 こういう男だからこそ、あの祥悟と何年も付き合っていられるのかもしれない。

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