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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」24
ボンっと音がして箱が停る。扉が開いた瞬間に飛び出そうとした雅紀の腕を、すかさず掴んで羽交い締めにしながら外に出た。
「どうして逃げるのさ?冷たいなぁ、雅紀」
「やっ、離してったら、祥悟さん、やだっ」
「騒ぐなって言ってるじゃん。いいから大人しく歩いて?俺は君と仲良くお話したいだけだし?」
言いながら、ずりずりと身体を押して歩かせる。
雅紀はジタバタしながら振り返り、潤んだ瞳で睨んできた。
「お話、だけじゃないでしょ?祥悟さん、さっき、俺のアソコ、さ……触った」
「ふふ、ごめん。どんな下着つけてるのか、ちょっと気になっただけ。暁くんの趣味って、徹底してるよね」
「っ、祥悟さんだって、その格好、真名瀬さんの」
ジムの受付が見える。このまま無理やり雅紀を連れて入れば、受付係に何事かと怪しまれるのは間違いない。
「似合う?俺のはどっちかというと、智也じゃなくて自分の趣味だけどね」
「へ……?祥悟さんの?」
目を丸くする雅紀ににこっと笑って
「ね、雅紀。ここでこんなことしてると目立つよね。落ち着いて2人だけで話せるとこ、行かない?」
「……話……だけですか?」
「嫌ならいいよ。君のそのウィッグ、取っちゃうから。その格好で男だってバレてもいいの?」
「…………」
雅紀は眉を八の字にして黙り込んだ。
「さ。どっちがいいか早く決めてよ?俺にウィッグ取られてここで話すのと、あのジムの奥の休憩ルーム借りて、2人きりでお喋りするのと」
「話すだけ?……変なこと、しませんか?」
「するわけないじゃん。俺の彼氏は智也だし?君に何かしたら浮気になっちゃうでしょ」
「……じゃあ……休憩ルームで」
自分から無理難題を吹っかけたくせに、祥悟はちょっと驚いて雅紀をまじまじと見つめた。
……うわ。あっさりOKかよ。相変わらず……素直な仔猫ちゃんだねぇ。
「よし、決まり。じゃ、おいで」
祥悟は腕を掴んだまま立ち上がり、ジムの中へと入って行った。
「あれ?ここじゃねえのか?」
さっきもう一個の箱が停まったはずの階に降りてみたが、ここはどうやら客室階だ。
焦って階数ボタンを押し間違えたのか。
「早瀬くん、案内図があるよ」
智也に言われて、エレベーター脇の館内案内図を見上げる。
違う。ここじゃなくてもうひとつ上の階だ。
「くっそ~。間違えた。もうひとつ上だ」
慌ててエレベーターのボタンを押すが、どちらの箱もなかなか来ない。
「ねえ、早瀬くん、ちょっと落ち着いてよ。もし祥が雅紀くんを連れて行ったとしても、別に問題ないんじゃないのかな?」
智也が首を傾げながら呑気に言い放つ。
暁はちょっとイラッとして振り返った。
「や。問題ありでしょ。真名瀬さん、祥悟がバレンタインデーに雅紀に贈ったチョコレートのこと、忘れちまってます?」
暁が噛み付くと、智也は苦笑して
「ああ……あれか。たしかにあれは酷かったよね」
くすくす笑う智也の反応に、毒気を抜かれて暁は脱力した。
……ダメだ。この人、全然動じねえ。おっとりにも程があるだろっ。
秋音も呑気だが、智也はその数倍上をいく。
独りで焦っている自分が馬鹿みたいだ。
……いや、いやいや、流されんなよ、俺。雅紀、待ってろ。今助けに行くからな!
祥悟が雅紀に本気で危害を加えるとは、暁も思っていない。だが祥悟はどうやら、雅紀に対して妙な嫉妬心を抱いているらしいと、暁は気づいていた。
以前、独りで店に来た時に、智也が雅紀を気に入っているようだと、あいつにしては珍しくかなり深刻な様子で愚痴を零していた。
はっきり言って目の前のこの男が、祥悟より雅紀を気に入っているとは全く思わない。
智也は祥悟に呆れるほど一途だし、雅紀に対して好意は持ってくれているが、それは恋愛感情とは全然別物だ。
だが、祥悟はああ見えて、自分の容姿やこれまでの過去に、激しいコンプレックスを抱いているようなのだ。無い物ねだりも甚だしいが、雅紀は祥悟にとって、ある意味憧れなのかもしれない。
……あいつがことある事に雅紀に変なちょっかい出しやがるのは、きっとその裏返しだ。
祥悟本人は、恐らくそのことに気づいていない。
だから厄介なのだ。
ボンっと音がして箱が停まった。扉が開く。
暁は急いで乗り込み、智也も後に続いた。
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