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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」26

「だってさ。俺、独りで生きて独りで死んでくつもりだったし。パートナーなんて、正直欲しくなかったんだよね」 「祥悟さん、でも、」 祥悟は雅紀から手を放し、ぼんやり前を見つめると 「正直、怖い。不安でたまんねーの。あいつがさ、そばに居るの、ずっと当たり前だったからさ。なんかもう、あいつがいないのとか、想像できねーし。だから、すげぇ怖い。飽きられたり失望されたり、するんじゃねーかって。付き合ったりしなきゃさ、あいつに出逢ったりしなきゃさ、こんな風に思わなくて済んだじゃん」 ずっと聞いてみたいと思っていたのだ。 雅紀に。 暁とどんな風にえっちしてるのか……ということよりも、どんな風にして、互いの想いを育み合っているのかを。 不安で眠れなくなったりはしないのかと。 自分に自信がなくなって、どうしようもなくなったりはしないのかと。 恋とか愛とか、そういう人並なことは、自分には無縁なのだと思って生きていた。 濃すぎる血のことや、両親の無残な最期のこともあって、自分という人間には、普通に生きる資格がないのだと、子どもの頃はずっと思っていた。 それなのに、うっかり、智也に恋をした。 つい最近まで自覚していなかったが、あれはまさしく恋だった。知らないうちに深く深く、智也を好きになっていた。側にいないと息が出来ないくらい、あまりにも当たり前な存在になってしまっていた。失ったらなんて……そんなこと、想像するのも恐ろしいくらい、智也が好きだ。必要なのだ。ずっと側にいて欲しい。 こんなことばかり考えてしまう自分は、たぶん、やっぱりどこかがおかしいのかもしれない。 だから、雅紀に聞いてみたかった。 正しい恋の仕方を。 普通に人を愛する方法を。 雅紀の手がおずおずと伸びてきて、自分の手に重なった。ほわんっと優しいぬくもりが伝わってくる。 「祥悟さん。俺もね、同じこと、思ってますよ」 祥悟は傍らの雅紀の顔を見つめた。 「怖いし不安だし、自分に自信なんて全然持てない。嫌われたらどうしよう。無理してないかな。本当にちゃんと、あの人を幸せに出来てるかな…って」 祥悟は目を見開いた。 「雅紀も……思ったりするんだ?そういうこと」 「思いますよ。たぶん、みんな、不安になったりするんじゃないのかな。俺や祥悟さんだけじゃなくて、きっと、暁さんも真名瀬さんも」 「……雅紀……」 祥悟は、遠慮がちだが真っ直ぐにこちらの目を見て微笑む雅紀の顔を、まじまじと見つめた。 ……同じなのか……。雅紀も、俺と。 いや、暁や智也も……同じように不安になったりするのだろうか。 智也を失うのが怖い。これは本当だ。 でもそれ以上に、自分の存在が智也を幸せに出来ているのか、その方が怖い。 自分の心に欠けた部分があることが分かっているだけに、あの優しい恋人をそんな自分の巻き添いにしてしまわないかと、不安で堪らない。 「後悔してる、なんて、言っちゃダメですよ」 「え?」 「真名瀬さんと恋人になったこと、後悔してるなんて口に出しちゃダメです。祥悟さん、本当は思ってないですよね?そんなこと。もし真名瀬さんがそれを聞いたら、きっとすごい哀しむと思う。思ってないことなのに傷つけちゃったら、祥悟さんの心も痛くなる。だから言っちゃダメです、絶対に」 穏やかに微笑みながら、雅紀が訥々と紡ぐ言葉。 それがじわじわと心にしみて、手の温もりと同じように心までほんわかと暖かくなる。 こうしてほんの少し一緒にいて話をしているだけで、雅紀の誠実さや、不器用そうだけど柔らかい優しさに触れて心が和む。暁もきっと、この子のこういう所に癒されているんだろう。 でも、自分はどうだろう。 智也にとって、自分は心和む存在だろうか。 一緒に時を過ごして、幸せだと感じてくれているんだろうか。 ……こいつと俺は、違うし……。 同じように女装しても、全く真逆な雰囲気になるのだ。雅紀には雅紀の、自分には自分の個性がある。 雅紀の言う通りだ。智也と恋人になれて、後悔なんか自分はしていない。 不安過ぎてつい、零れ落ちてしまった言葉だ。 本心でもないのに、その言葉が智也の心を傷つけてしまったら、それこそ悔やんでも悔やみきれない。

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