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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」28
それまで、そこに居るのかわからないくらい静かだった智也が、つかつかとやってきて暁の肩を掴んだ。
「乱暴なことはやめてくれないかな。その手、離してくれるかい?」
智也の穏やかだがピシリとした言い方に、暁が驚いて振り返る。
智也は微笑んでいた。
でも目が全然笑っていない。
「や。真名瀬さん、悪いけどな。雅紀に無理やり抱きついてんのは祥悟の方だぜ」
「でもそんなことしたら、祥の腕、折れてしまうよ。とにかく手を放して?落ち着いて話をしよう」
祥悟は呆気に取られて、智也と暁を交互に見つめていた。
微笑んでいるように見えるが、智也はたぶん相当怒っている。いつものんびりのほほんとして微笑みを絶やさない彼が、あんな顔をするのは珍しいのだ。
智也と目が合って、祥悟は思わず緊張に顔を強ばらせた。
「祥。雅紀くんを放してあげて?嫌がっているだろう?……分かるよね」
智也はそう言って、にっこり笑う。
でもやっぱり、目が笑っていない。
……うわっ。怖えよ、智也。おまえ、その顔。
祥悟は微妙に智也から目を逸らし、抱き締めていた雅紀の身体からゆっくり手の力を抜いた。
「早瀬くん、君もだ」
暁も何だか圧倒されたような顔をして、捻りあげていた祥悟の腕を放した。
しん……とその場が静まり返る。
雅紀は祥悟の身体を押しのけソファーから立ち上がって、暁の胸にぽすんっと飛び込んでいった。
「暁さんっ」
「お、おお…」
暁は智也をちらちら気にしながら、雅紀の身体を抱き締める。
上から見下ろしてくる智也の視線をひしひしと感じて、祥悟はぷいっと顔を背けて脚を組んだ。
「祥。どうして勝手に雅紀くんを連れ出したの?」
「……別に?ちょっと話がしたかっただけだし」
智也は、はぁ……っとため息をつくと
「だったら早瀬くんにきちんと断ってから、ラウンジで話をすればよかったよね?」
「……だって暁くん、きっとダメって言うでしょ。俺が雅紀に近づくの、すげえ嫌がるもん」
智也は、ゆっくりと祥悟の隣に腰をおろした。
「それは君が、雅紀くんに変なちょっかい出そうとするから、だよね?普通に話をするだけなら、2人とも嫌がったりはしないよね」
穏やかに諭されて、祥悟はますますそっぽを向いた。
そんなこと、言われなくても分かってる。
「祥。早瀬くんと雅紀くんにきちんと謝ろう?」
智也が膝をぽんぽんと叩く。
ちろ……っと横目で窺うと、智也は優しく微笑んでいた。目も、ちゃんと笑っている。
祥悟は不貞腐れた顔のまま、暁と雅紀を見上げた。
2人はちょっと唖然として智也を見下ろしていたが、祥悟の視線に気づくと、気まずそうに頬を引き攣らせた。
「…………ごめん」
祥悟がぼそっと謝ると、暁は驚愕に目を見開く。
……ちぇ。あほ面すんなっつーの。バカ暁。
「雅紀、ごめん。無理やり引っ張ってきて。でも俺、君と話が出来てよかったし」
祥悟の言葉に、雅紀はふんわりと微笑んだ。
「大丈夫です、祥悟さん。俺も、お話出来て、よかった」
雅紀の優しい笑顔に、祥悟は照れくさくなってまたぷいっとそっぽを向いた。
「早瀬くん。驚かせてすまなかったね。これで、許してくれないかな?」
智也の言葉に、暁は我に返ったように表情を引き締めた。
「あ……ああ……。や、雅紀がそれで納得なら俺は別に」
「そうか。じゃあ、仲直りだね。祥、そろそろ部屋の方に行かないか?せっかくのスイートルームだ。2人きりでゆっくり寛ぎたいな」
「ん……」
智也にぽんぽんと腕を叩かれ、祥悟は素直に立ち上がった。
「じゃあ、早瀬くん、雅紀くん、お先に失礼するね」
「あ、はい……」
「お、おう」
智也に肩を抱かれ、祥悟はちらっと暁と雅紀の顔を見てべーっと舌を出してから、個室を後にした。
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