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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」30※

智也の意外な囁きに、祥悟は目を丸くした。 「は?なにそれ。俺が暁くんを?んなわけねーし」 智也はゆっくりと顔を寄せてきて 「ほんと?君が雅紀くんにやたらと絡んでいくのは……雅紀くんが羨ましいんじゃないの?」 「おまえ……何言ってんの?それ、どういう意味さ」 智也はにこっと笑って両腕で抱き締めてきて 「あの子と、何してたの?怒らないから言って。キスしたり……した?」 智也の口調はさっきから優しすぎるくらい優しい。 だが、何だかいつもとは違う凄みがあって、祥悟はちょっと不安になってきた。 「してねえし。キスなんか。おまえ以外とするわけ……っん」 智也の手が腰の下に伸びてきて、スカートの上から意外に強い力で尻をぎゅっと掴まれた。 「いたっ、智也、なに…っん、んぅ…っ」 両手で尻を揉みしだきながら、智也のキスが降りてくる。唇を塞がれて、すぐに割られた。ぬめる舌が忍び込んでくる。 「ん……ふ。んぅ……ん、」 祥悟は目を閉じて口づけに応えた。智也の両手は薄い尻の肉を揉みながら撫でている。尻はそれほど感じない方なのだが、智也の手の動きがいやらしくていつもより感じてきた。 「んぅ……っはぁ……」 のっけから激しめの口づけの後、いったん唇をほどいた智也がじっと目を見つめてくる。 「……おまえ……なんか怒ってる?」 「怒ってないよ。どうしてそう思うの?」 「別に……」 智也は腕を掴んで引っ張ると、ガラス窓に近寄り 「ね、祥。ちょっと向こうを見て立ってくれるかい?」 智也の言い方はあくまでもソフトだ。でも、何故か嫌だと言えない感じがして、祥悟は智也の顔を横目で睨みながら、外を向いて立った。 後ろからゆったりと抱き締めてくる。 「見て。君が映ってる。すごく……綺麗だ」 祥悟はガラスに映った自分の姿をちらっと見た。 たしかに、我ながら上手く化けたとは思うが、やはり30代の男なのだ。本物の女に比べると、違和感はある。 「んな綺麗でもねーじゃん」 「そんなこと、ないよ。でも……」 智也は言いながら、ウィッグを掴んで慎重に外し始めた。ズレないように留めたピンを丁寧に外して、黒髪のウィッグを脱がせる。 祥悟は慌てて、中で地毛を纏めていたゴムを外し、指先を突っ込んでわしわしと掻き乱した。 ウィッグを外した直後の、ペタッとしている髪を見られるのは恥ずかしい。 額に乱れ落ちた髪を手でかき上げると、自分をじっと見つめているガラス窓の中の智也と目が合った。 その熱っぽい眼差しにドキッとする。 「なに……?」 「いや。やっぱり君は、そのままの方がもっと綺麗だ」 戸惑う自分に智也はうっとりと囁いて、また後ろから包み込むように抱き締めてくる。 妙に調子が狂ってドギマギしてしまうのが何故なのか、自分でもよくわからない。 きっといつもと違う、この非日常的なシチュエーションのせいだ。 「女装も素敵だけど、いつもの君に早く会いたかった」 少し掠れた声で耳元に甘く囁かれて、一気に体温があがる。熱い吐息が項にかかってゾクッとした。 「智也……」 「ふふ。もっと見せて?いつもの君を」 智也は囁きながら、後ろから伸ばしてきた手で、ジャケットのボタンを外し始めた。 智也の長い指が、胸元を開いていく。ジャケットの中のブラウスも上からゆっくりとボタンを外された。ちらっとガラス窓を見ると、肌蹴たブラウスと黒いブラジャーを身につけた自分が映っている。 中途半端に変装を外されて、なんだかものすごく気恥しい。 「な、智也。脱ぐならベッドに…」 「じっとしてて」 穏やかに遮られて、祥悟は口を噤んだ。 恥ずかしがっている自分が、余計に気恥しい。 ……なんで俺、こんなに調子狂ってんだよ。

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