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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」44※

かろうじて、取っ手を掴んでいた指が汗で滑る。そのまま縋り付くものを失って、ズルズルと壁伝いに滑り落ちていきそうになる。その手を智也がすかさず掴んで、後ろからぐいっと身を寄せてきた。 智也の杭に穿たれたまま、壁にピッタリと手首を縫い付けられた。隙間なく密着した智也の逞しい胸と壁に挟まれて、祥悟は顔を横に向けた。 生理的な涙で霞む視界に飛び込んで来たのは、押し潰されるように智也に後ろから抱かれ、突き出した尻にその楔を受け入れている自分の姿だった。 思わず目を逸らしかけたが、自分の表情を見て祥悟ははっとした。 みっともなくだらしない顔をしていると思っていたのに、鏡の中の自分はすごく幸せそうで、嬉しそうで。 こういう顔をしているのを、抱かれる度にいつも智也に見られているのかと、少し狼狽えてしまった。 「祥、大丈夫?苦しい?」 結構強引にこんな抱き方をしたくせに、智也は心配そうに気遣ってくれる。 「苦しく、…っねーし…っ」 「君のここ、すごい、締め付けて、うねってるよ、はぁ…」 感じ入ったような智也の吐息が、うなじを擽る。その声にも熱い息にもゾクゾクと感じて、祥悟は思わずビクビクっと震えた。 「うご、…け、よ」 「このまま?」 「おまえ、の、いつもと…っ違うとこ、当たってて…っもち、い」 智也はふふっと吐息だけで笑うと、窮屈な体勢のままゆっくりと動き始めた。 ずっ…ずっ…と、いつもより大きく感じる智也の熱が、自分の中を擦りあげる。その度に、どうしようもなく溢れる喘ぎを、今は押し殺してしまいたくない。 自分がこんなにも感じていることを、智也に伝えたかった。この、愛しくて堪らない自分だけのオトコに。一途に自分だけを見続けてくれた、おそらくは生涯ただ1人の恋人に。 「んぅっあ、あ、…っぁ、ぁ……っ」 「祥……可愛い……すごく、っく、可愛い声、出てる…っ」 「とも、…っや、ぁあ…っは、ぁあ…っ」 同じリズムを刻んで、自分の腰が智也を包んだまま揺れ動く。引いた腰を追いかけ、押し込まれると自然に前に出る。昂りきった自分のペニスが、壁に当たって擦れた。 壁に押し付けられた身体はそれ以上は逃れようがなくて、智也の灼熱がぐいぐいとのめり込んでいく。感じたことのない奥までソレが届いて、その未知の感覚が怖いのに、嬉しい。 みっちりと自分の中を埋める熱。火傷しそうに熱い自分の中と、智也の熱が混じり合い、ひとつに溶けていく。 激しい抜き差しを何度か繰り返した後、根元まで押し込んで智也がぴたっと動きを止めた。背中に密着した智也の鼓動が肌を通して伝わってくる。 「祥……」 「…智也……」 「気持ちいい……。君と俺は、今、ひとつになってる」 「ん……すげぇ……いい……」 自分の空虚を埋めてくれる智也の、せつないほど優しい愛に満たされて、祥悟はほぉ……っと吐息を漏らした。 そっと横目で鏡を見てみる。 目を細めて自分を見下ろす智也の表情が、おっとりと優しくて幸せそうだ。 ……おまえもそういう顔、してくれてんのな。 鏡の中の自分と目を合わせてみた。 ……なあ、幸せか?おまえ 自分に問いかけてみる。 鏡の中の自分は、満足そうに微笑んで、目尻からひと筋、涙を零した。

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