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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」57

「ふーん。俺の見てる前で、キス出来るんだ?雅紀と」 祥悟の声が少し掠れている。 語尾が微かに震えていた。 暁はハッとして、智也と雅紀の表情を窺った。智也だけじゃない、雅紀も、こんな状況とは思えないほど、落ち着いた穏やかな微笑みを浮かべている。雅紀は自分と目を合わせようとはせず、祥悟をじっと見つめていた。 ……ああ……そうか。ひょっとして…… 暁はそっと祥悟の横顔を窺った。 能面のような無表情だが、目つきが凄い。 まるで2人を絞め殺しそうな目をして睨んでいる。 「君がしようって言ったことだよ」 智也は穏やかに微笑んだまま、もう一度同じことを言った。祥悟の片眉がきゅっと上がる。さっきまでの悪戯猫の嬉々とした姿は消えていた。余裕をなくして、感情が剥き出しになっている。 ……はぁ……こいつでも、嫉妬なんかするのかよ。 そう、あれはまさしく嫉妬だ。祥悟はヤキモチを妬いているのだ。 「じゃ、すれば?」 ぷいっとそっぽを向いた祥悟に、智也は苦笑してからこちらを見た。すまなそうに首を竦めてから目を逸らし 「雅紀くん。じゃ、キスするよ」 「は……はい……」 2人は再び見つめ合い、ゆっくりと顔を寄せて行く。あと少しで唇が触れる……という所で、祥悟が動いた。つかつかと2人に歩み寄り、雅紀の手をピシッと振り払うと、智也の手首を掴む。 智也は黙って祥悟を見上げた。その目を祥悟は無言で睨みつける。 雅紀はその隙にそーっとカウチから立ち上がり、こちらに来た。ぽすんっと腕に飛び込んできた華奢な身体を、暁は抱き締めて髪に頬擦りする。 息が詰まるような沈黙の後、智也が先に口を開いた。 「ねえ、祥。君が思ってる以上に、俺は君が好きだよ。だからね、俺の気持ちを試す必要なんかないんだ」 祥悟はきゅっと唇を噛み締めた。 「君がどうしても不安になるなら、何度だって言う。俺のこの手は君だけを抱き締める為にある。この唇も君だけのものだ。これまでも、これからもずっとね」 祥悟の目から険しさが消える。頬をぷっとふくらませて、でも口は閉じたままだ。 「でも嬉しいな。君が本気で妬いてくれるなんて」 智也がそう言って微笑むと、祥悟は頬をふくらませるのを止めた。代わりに唇を尖らせ、目を逸らす。 「でもおまえは全然、ヤキモチ妬かねえじゃん。いっつもそうやって余裕な顔してるから……ムカつく」 「妬いてるよ、いつだって。君が気づいていないだけで。君がその瞳に映すもの全てに嫉妬してるよ」 「……嘘つけ」

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