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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」67※

智也に無言で抱き締められているうちに、変に高ぶってしまった気持ちも落ち着いてきた。と同時に、子どもみたいに泣いて駄々をこねた自分が、無性に恥ずかしくなってくる。 「なぁ……」 「なんだい?祥」 「おまえさ、まだ……怒ってんのかよ?」 ちろっと上目遣いに見上げると、智也は柔らかい目をして微笑み 「怒ってないよ、祥」 「嘘つけ……。怒ってるからお仕置きとかしてんじゃん」 智也は両手で顔を包むようにしてきて 「怒ってないけど、ちょっとだけ……焼きもちかな。君が早瀬くんと仲が良すぎるから」 「別に仲良くねーし。あいつはどっちかっつーと天敵」 「ふふ。天敵って……」 祥悟は口を尖らせた。 「なんかさ……あいつとはやっぱ出会い方が悪かったんだよね。里沙を弄んでる遊び人とっちめてやろうってさ、女装してナンパとかしちゃったじゃん?」 「ああ。前に話してくれたよね。誘惑してとっちめてやろうとしたって」 祥悟は智也の胸に頬をくっつけて 「あいつさ、俺が男でしかも里沙の弟だってわかったら、きっとすげぇ焦って青い顔するだろうって思ったのに…」 「動じなかったんだよね、全然」 祥悟はちぇっと舌打ちすると 「そ。全っ然、予想と違う反応しやがったし。だからさ、なんかムカついてくんの、あいつのへらへらした顔見てるとさ」 「君が男だって正体明かして迫った時、彼はその気にならなかったのかい?」 「ならなかった。それどころか気持ちがないのに君を抱けない…なんて、遊び人とは思えねえようなこと、マジな顔して言いやがったし」 「ねえ、祥。君はその時、早瀬くんに恋しちゃった?……抱かれたいって、思ったの?」 智也が、妙にせつない眼差しで顔を覗き込んでくる。ちょっと顔を突き出せば触れるくらい近くに、不安そうな顔があって、祥悟は思わずドキッとした。 ……ばーか。なんでそんな不安そうな目、してんのさ。 いや、不安だったのだろう。あの頃の智也は。 何でもないフリをして、自分のセフレを演じてくれて、それでも誰よりも近くにいてくれたのだ。 思えば本当に、自分は残酷だった。鈍感すぎた。荒れる自分の無茶な要求にポーカーフェイスで応えてくれていた、あの頃の智也の苦しさが今になって分かる。 胸が、痛い。

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