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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」81
寝返りを打ち、まだぼんやりとした微睡みの中で、無意識にすぐ隣にいるはずの温もりを手で探る。もぞもぞと指先を動かした先に彼はいない。もうちょっと手を伸ばしてみる。
……いない。
智也は、ハッとして目を見開いた。すかさず横を見る。祥悟がいない。
ガバッと布団を跳ねのけ、身を起こした。
自分の隣はもぬけの殻で、シーツに触れてみても温もりの名残りすらない。
「……祥……?」
これは、あの頃よく見た夢と同じだ。
見知らぬ部屋のベッドで目を覚まし、隣にいるはずの祥悟がいない。
…ああ……そうか。全部夢だったのだ。
祥悟はやはり行ってしまった。自分は取り残されたのだ。彼は自由という羽根を持つ天使なのだから。
どこからが夢でどこからが現実なのか、まだ覚醒していない頭の中はいつも混乱していた。ただ、酷く胸が締め付けられて、せつなくて哀しくて、顔を覆って項垂れた。
あれは寝惚けていたのだ。
しっかり目が覚めて頭が機能し始めると、夢だったと気づいて苦笑いした。
それに、祥悟と一緒に暮らすようになってからは、そんな風になったことはなかった。
探る指先が、いつも隣の温もりを確認出来たから。
今また同じ状況になってみて、すごく不思議な気がした。あの頃の夢に出てきた部屋は、こことよく似ている。いや、この部屋そのものだった。
捕まえたはずの彼が、自分の元から飛び立ち、二度と戻ってはこないのだと思い知らされる夢。あれは……予知夢だったのか?
今度こそ、本当に、彼は自分の元から消えてしまったのだろうか。
……いや。そんなはずはない。
昨夜、祥悟と確かめあった自分たちの愛の形。あれは夢ではなかった。身体以上に心が、しっかりと結ばれたひとときだった。あれが、夢であったはずがない。
智也は、ベッドから降りると、少しふらつきながら歩き出した。
そして、すぐに気づいた。
洗面所の方から水音がするのを。
思わず苦笑して、ドアを開ける。
水音がしていたのは洗面所ではなかった。その奥の浴室だ。
祥悟が、シャワーを浴びているのだ。
少し隙間の開いた浴室のガラス戸から、もうもうと白い湯気が漏れ出てきている。
祥悟は、1人でシャワーを浴びる時に、ドアを完全に閉めない。
前にそのことで、洗面所の鏡が曇るよと文句を言ったら、返ってきた答えは「だって、なんか怖いじゃん」だった。
ドアを締め切ってシャワーを浴びると、浴室に誰かいて、そいつと一緒に閉じ込められているような変な気分になるのだと言っていた。
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