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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」84
「おはよ」
目蓋にちゅっと柔らかいものが降りてきて、雅紀はゆっくりと目を開けた。
「ん……んぅ、あきら……さん?」
「ん。ごめんな、起こしちまって」
雅紀はふにゃんっと笑って首を横に振ると、覆いかぶさっている暁に両腕を伸ばした。
「おはようございます。俺……寝坊しちゃいました?」
「いーや。まだそんな遅くねえよ。たださ」
暁は首に腕を回したこちらの身体をぶら下げたまま身を起こすと、ちゅっと唇にキスをしてきて
「おまえの変装があるだろ?」
「へ……?」
なんの事か分からずきょとんとすると、暁は苦笑しながら腰に手を回してきた。
「やっぱ忘れてたか。おまえのさ、女装だよ」
言われて気づいた。
そうだ。
昨日、ここへは女の子の格好で来たのだ。
「あ……そっか。あの格好……またするんですね」
暁は腰に回した手をぐいっと引き寄せた。脚を跨がせると抱っこしてくれて
「ホテル出ちまったら着替えてもいいと思うんだ。ただ、モーニングが残ってるからさ」
「そっか。モーニング……」
「そ。どっちかっつーと、ディナーより俺はモーニングの方が楽しみだったんだ。店のメニューの参考になりそうなラインナップだしな」
そう。このホテルの朝のメニューは、パンケーキやフレンチトースト、自家製のクロワッサンを使ったホットサンドやひと口タイプのケーキなど、種類が豊富で美味しいと、度々テレビや雑誌で取り上げられている。バイキング形式だが、半オーダーになっていて、出来たても提供している。
今回の特別招待が当たった後で、2人で雑誌の特集にも目を通して、楽しみにしていたのだ。
「じゃあ……またあの格好、しないと」
「うん。昨日の服着てウィッグつけてさ、ただ問題は化粧だよなぁ…」
雅紀は暁と顔を見合わせた。
あれは、プロの力を借りて作り上げた女装なのだ。もっと若ければ誤魔化しもきくが、雅紀もそれなりの歳の男だから、いくら可愛い綺麗といっても限界がある。
昨日やってもらったような完璧な女装を、果たして自分たちだけで出来るだろうか?
「や……ちょっと……無理かも」
「だよなぁ……」
雅紀が眉を八の字にすると、暁も弱ったように乾いた笑いを漏らす。
朝だから、あそこまで凝ったメイクは必要ないだろうが、そもそも2人とも、化粧自体をしたことがないのだ。
「そこまで考えてなかったよな。でもま、とにかくやってみようぜ。そこそこおかしくない程度に出来りゃいいって。な?」
「……う……ん……」
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