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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」85
「ねぇ、祥」
「んー?なに」
祥悟は既に昨日の服を身につけ、化粧用のケープをまとって、髪の毛をアップにしている。慣れた仕草でアメニティの化粧水をパッドで顔に叩き込みながら、ちろっとこちらを見上げた。
「君、また何か企んでないよね?」
「どういう意味さ?」
「昨夜で懲りたよね?」
空とぼける祥悟に重ねて念を押す。祥悟は目を逸らして鏡を見つめると、乳液をマッサージするように肌に塗り込んだ。
「それより智也。俺のバッグから化粧ポーチ、取ってきてくんねえ?」
智也は尚も問い詰めようとして、でも諦めて素直にバッグを取りに向かった。
とぼける祥悟の目が一瞬揺らめいたのだ。あれは絶対に懲りてない。
……天敵って言ってたけど……本当にそうなのかも。
手伝いにかこつけて、また雅紀にちょっかいを出すのだろう。そして暁を揶揄うつもりだ。
でも、不思議と、昨夜のようなもやもやした気持ちは沸き起こらない。
それはきっと、祥悟の本音が聞けたからだ。
……もう……仕方ないな。度が過ぎるようなら、また間に入ればいいか。
智也は苦笑しながらため息をつき、化粧ポーチを手に洗面所に戻った。
「暁さん……やっぱり……」
思わず情けない声が出てしまった。横目で見上げると、笑いを堪えている暁と目が合う。
「あっ……笑ってる。酷いです……」
「や。笑ってねえって。たださ、やっぱちょっとお手上げだよなぁ……」
シャワーを浴びて髪の毛を乾かし、下着だけ身につけて洗面所に座り、髪の毛をゴムとクリップでまとめ上げた……まではよかったのだ。
問題はやはり化粧だった。
流石、一流ホテルだけあって、ここのアメニティグッズはかなり高級そうだ。何に使うのかよく分からないお洒落なボトルがセットになっている。
暁がひとつずつボトルを取り上げて、ラベルの説明書きを読んでくれた。そして、多分これだと渡された化粧水を、付属のパッドに染み込ませて、恐る恐る顔に塗る。
そして途方に暮れているのだ、2人して。
昨日のスタイリストさんに、ひと通り化粧直しのやり方は教わった。そして可愛らしいポーチに下地クリームやらファンデーションやら口紅やら、いろいろな化粧品を一式入れてもらったのだ。
その中身を洗面台に並べて、2人揃ってため息をついた。
化粧水の次は、多分、この乳液というのを塗るのだろう。そして、下地クリーム。
でも、その後は?
手際よく、顔を作ってくれたスタイリストさんのやり方を思い出してみても、まるで魔法のようで、あの通りになんてとてもじゃないけど出来る気がしない。
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