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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」86

「よし。諦めるぞ、雅紀。おまえさ、自分の服も一応持ってきてんだろ?無理しねえでそっちにしようぜ」 「っ、でも……」 大丈夫だろうか。昨日は女の子だったのに。おかしく思われずに席に案内してもらえるのだろうか。 「ま、なんとかなるって。ダメなら食わねえで帰ってもいいんだしさ」 「ううん、だったら俺、」 ーピンポーン 上品なベルが鳴る。 雅紀は口をつぐみ、暁と顔を見合わせた。 「……誰だ?」 暁の眉間にシワがよる。 たしか昨夜も同じことがあったはずだ。 「おまえ、ここに居ろよ」 暁は険しい表情のまま言い置いて、ドアの方に向かった。 雅紀は髪の毛を留めていたゴムとクリップを外し、ガウンを羽織って暁の後を追う。 壁からそっと顔だけ出して、様子を窺った。 「どなたですか?」 『暁くん?俺、俺』 ……うわぁ……やっぱり。 インターフォンから聴こえてきたのは、祥悟の声だ。 「あ。間に合ってます」 暁がすかさずそう言ってインターフォンを切ると ーピンポーン。ピンポンピンポンピンポン 上品なベルがけたたましく鳴り続ける。 「おまっ、止めろっつーの。こっちは用事ねえぞ!」 『そっちになくてもこっちはあるの。ね、いいからとっとと開けてよね』 雅紀は首を竦め、ガウンの前合わせをぎゅっと握り締めた。 ……今度は何しに来たんだろ……祥悟さん。 「おめえの用事に興味ねえんだよ。忙しいからとっとと部屋に帰れ」 『えー?なにその冷たい態度。いいから開けてったら。俺ら手伝いに来たんだから』 「……手伝い……?何のだよ」 『開けてくれたら教えてあげる』 暁は首を捻って考え込んだ。 このままドアを開けずにいれば、祥悟は多分ベルを鳴らし続ける。無視し続けることは出来ない。 「はぁ……ったく」 暁はガックリと肩を落とすと、抵抗を諦めてドアを開けた。 「おはよ。暁くん」 にっこり微笑みながら、祥悟が暁を押し退けて中に入ってくる。 「おい。朝っぱらから何だっつーの。おまえ、ほんとにいい加減にしろよ!」 「はいはい。暁くんこそ、朝っぱらからギャンギャン吠えない。うるさいから。それより、雅紀はどこさ?」

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