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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」88
とうとう暁の砦が呆気なく破られて、祥悟が奥の部屋に乗り込んできた。
満足そうに部屋を見回し、壁に張りついているこちらに気づいてにこりと微笑む。
「おはよ。雅紀。昨夜はよく寝れた?」
「……おはようございます」
祥悟はつかつかと歩み寄ると、薄めなのにくっきりと美しい化粧をした顔で、こちらを覗き込んできて
「ふふ。いっぱい暁くんに愛してもらったんでしょ。すごい幸せそうな顔してるし」
雅紀は思わず、両手で自分の頬を覆った。
「え、嘘。や。あの、」
「でもやっぱり着替えまだしてなかったんだ?急いだ方がいいよね。モーニング食べ損ねるし」
「はい……あの、祥悟さん。実は、」
雅紀が言いかけると、祥悟は優雅な仕草で唇に人差し指を当ててきて
「分かってる。化粧でしょ。君ら、多分自分じゃ出来ないだろうなーって思ってさ」
雅紀は目を見開いた。
「え?じゃあ……」
「そ。用事ってのはそれ。智也も俺も一応モデルだったからさ。簡単なメイクぐらいなら出来るわけ」
祥悟はにやっと笑って自分の顔を指差して見せて
「これぐらい顔作れてたら、問題ないでしょ?」
雅紀はコクコクコクと頷いた。
「もちろんっ。や、祥悟さんのメイク、完璧です。すごい綺麗で上品で。えっと、それって祥悟さんが自分で?」
「まあね。ベースは自分で作って、智也に最後直してもらったのな。雅紀のもやってやるよ。昨夜押しかけちゃったお詫びっつーことでさ」
ハラハラと様子を見守っていた暁が、ひゅうっと口笛を吹く。
「なんだよ、そういうことか。つーか、祥悟、おまえって気が利くじゃん」
コロッと態度を変えた暁を、祥悟はキツい目で睨みつけて
「よく言うよね。邪魔者扱いしてたくせにさ。ま、そういうことだから暁くん。君は大人しくそっちで待っててくれる?」
「は?なんでだよ?俺も一緒に」
「そのデカい図体で、横で見られてたら迷惑なんだよね。気が散るし?」
「や、でもさ、どんな風にすんのか俺も見てえじゃん」
祥悟はビシっと人差し指を突きつけると
「いいから。ごちゃごちゃ言わない。君が邪魔するから、もう時間、そんなにないんだよね。雅紀は最高のレディに仕上げてあげるからさ。智也とそこで大人しく待っててね」
祥悟は口を挟む暇を与えずに言い切ると、雅紀の肩を抱いて洗面ルームに向かって歩き出す。
雅紀はちらっと振り返り、暁を見て弱々しく微笑んだ。
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