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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」96
「ちょっ。何で引っ張るんですか!」
「しー。声が大きいよ」
智也がいったん暁の腕を掴んで洗面ルームから離れると、暁は目を剥いて食ってかかってきた。
「だって君、あんなに身を乗り出したら、気づかれてしまうだろう?」
「や。気づかれてもいいですって。あの野郎、雅紀にあんな美味しい…いや、恥ずかしい格好させやがって」
「ふふ。なかなか刺激的な格好だね。雅紀くんは本当に綺麗な人だな。あれは君の趣味なのかい?」
智也が微笑むと、暁は怒っているような得意そうな複雑な表情になった。
「あー……ま、そうですけどね。あいつ、ああいうの異常に似合うんですよ。ただ、普段は着てくれっつっても、なかなかOKしてくれないんで」
「清楚なのに色っぽい。あのデザインは素敵だね。祥に色違いのお揃いを着せてみたかったな」
雅紀のキャミソールは白に近い淡いピンクだった。同じデザインの黒を着たら、祥悟にも似合いそうだ。
思わずその姿を思い浮かべ頬を緩めると、暁が眉を顰めて自分を見ているのに気づいた。
「どうしたんだい?そんな難しそうな顔」
「や。あー……真名瀬さん。その発想……いや、なんでもないです」
暁は途中で言葉を濁すと
「静かにそっと見るんで、もう1回行きましょう?」
洗面ルームを指差す暁に、智也は微笑んだ。
「うん。そっと、だよ。祥は気配に敏感だからね」
片目を瞑ると、足音を立てないように、再び洗面ルームに近づく。
細く開けたドアの隙間から、また覗き込んでみた。
雅紀はさっきと同じキャミソール姿で、洗面台に座っている。広げた脚の間に祥悟が立って、屈みながら唇に紅を塗っていた。
想像以上に、魅惑的な光景だ。
2人があれほど美しくなければ、ちょっと滑稽な状況かもしれないが、あの2人だと絵になる。カメラがあったら写真に撮ってみたいくらいだ。
「ほら、動かない。はみ出すでしょ」
「や、でも…っ」
雅紀が脚をもぞもぞ動かす。遠目で横からの彼らを見ていると死角になっている部分で、祥悟が何か悪戯しているのかもしれない。
「下唇、ちょっとだけ突き出して?」
祥悟の真剣な横顔を、智也はじっと見つめた。
……雅紀くんはたしかに可愛い人だな。あの歳で男でああいう格好が似合ってしまうのはすごい。でも俺には、やっぱり祥が一番可愛く見える。
真剣な表情で雅紀にメイクを施しながら、時折、悪戯っぽい無邪気な笑顔で揶揄っている。そういう表情もすごく自然体で可愛らしい。
……今回のイベント……参加してみてよかったな。思いがけず祥の本音も聞けたし、自分もいつも言えないようなことが言えた。
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