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バレンタインデー特別番外編「幸せな誤算」104
人前でお口あーんなんて恥ずかし過ぎる。
でも暁が言う通り、これは恋人たちの特別なイベントなのだ。
雅紀は目だけ動かして周りを確認すると、意を決してそろそろと口を開けた。
暁は嬉しそうに目を輝かせて
「あーん」
言いながらフォークを更に近づけてくる。ぱくっと食いついた。とろとろのフレンチトーストから、バターとシロップがじゅわっと口の中に蕩け出す。
「どうだ?美味いだろ?」
雅紀は耳までじわじわ熱くなるのを感じながら、こくこくと頷いた。
「なー。智也?」
智也がソーセージにかじりついていると、祥悟にシャツをつんつんと引っ張られた。
「ん?なんだい?」
顔を見ると、祥悟はなんだか妙な表情を浮かべて
「俺も、あれ、やりたいんだけど?」
智也は、彼の視線の先を辿った。
少し離れた隣のテーブル席で、暁が雅紀にお口あーんをしている。嬉しそうな暁のにやけ顔と顔を真っ赤にして口をもぐもぐさせている雅紀の表情を確認してから、再び祥悟の顔を見た。
祥悟は微妙に目を逸らし、ツンっと澄ましていた。
……か……可愛い……。
あれが、羨ましいのか。彼らがやっているお口あーんが。
自分にもやれとせがんでいるのか。
智也は心の中で身悶えしながら、ゆるみそうになる頬をきゅっと引き締め
「いいよ。何が食べたい?」
ポーカーフェイスでさりげなく聞いてみる。祥悟は目を逸らしたままで
「おまえが食ってる、それ」
「わかった。じゃあ、祥?こっち向いて、あーんってして」
いつも皮肉屋な祥悟の、こういう時のギャップが可愛くて仕方ない。でも、こちらがにやけたりしたら、やっぱり要らないと言い出すのだ、この素直じゃないツンデレ仔猫は。
智也は穏やかな微笑みを崩さず、フォークで刺したソーセージを彼の口元に差し出した。
祥悟がちろっとこちらを見てから、隣の席の2人を横目で確認した。
そして、ちょっと拗ねたような顔をして、何故か嫌々とでもいうように口を開ける。
ソーセージを更に近づけると、ぱくっと食いついた。
「どう?美味しい?」
「ん。まあまあかな。なぁ、おまえもあーんってしろよ」
祥悟はちょっと偉そうに言い放つと、一口大に切ったパンケーキにたっぷりとシロップをまぶしてフォークに刺し、こちらの口に押し付けてきた。
……うわ。甘そうだな……。
とは思ったが口には出さない。口を開けるとぽいっと放り込まれた。
口の中にかなり濃厚な甘さが広がっていく。でもパンケーキよりも、祥悟の言動の方が甘くて可愛くて愛おしい。
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