44 / 175
SS チョコレートを君に2-endー
「別にそれが目的じゃないよ」
智也は祥悟の腕を掴んで、ぐいっと引き寄せると、寝室ではなくリビングに連れて行った。
ソファーに座って寛ぐ祥悟に、珈琲を淹れてテーブルに置き
「どうだった?楽しかったかい?」
「は?」
「チョコレートのイベントだよ。君、前に言ってただろう?男1人じゃ行きたくてもなかなか行けないって」
その言葉に、祥悟は意表をつかれたような顔をした。祥悟は探るように智也の顔を見てから、にこっと笑顔になり
「あ~言った言った。そういやそんなこと言ってたよな、俺。なに?それでおまえ、俺をあそこに誘ってくれたわけ?」
祥悟の思いがけない素直な笑顔に、心臓がどきっと跳ねた。いつもの皮肉っぽい斜に構えたような笑顔とは別人だ。
……ヤバイな。なんだこの無邪気な笑顔。可愛すぎるだろう。
智也は内心の動揺を抑え込み、自分も隣に座って、祥悟の身体をふわっと抱き締めた。
「なんだよ。やっぱりしたいのかよ?」
抱き締められて、祥悟はくすくす笑いながら、智也の背中に腕を回す。
「いや。今日は本当にしなくていいよ。ただ……」
祥悟は顔をあげると、智也の顔を上目遣いに見つめて首を傾げ
「ただ……なに?」
「もらってくれ。俺からのチョコレート。あれ全部だ」
祥悟の目が驚きに見開かれた。テーブルの上に置かれた紙袋の山と、こちらの顔を見比べる。
「は?意味わかんねえ。だってあれ、おまえの姉貴が……」
「ごめん。嘘だ。君にチョコレートを贈ろうと思ったんだけど、どんなものがいいのか分からなくてね」
祥悟は目を見開いたまま、もう1度、紙袋と気まずそうな智也の顔を見比べた。
智也の怒られるのを覚悟しているような顔がなんだか可愛い。
少しの沈黙の後、祥悟がぷっと噴き出した。
「そっか。嘘なのかよ。だよなぁ。なーんかおかしいと思ったんだよね。俺が選んだやつ、おまえ全部買っちゃうし」
「……すまない」
祥悟はふふんっと嬉しそうに笑って、智也の頬を細い指先ですいっと撫でると
「いいよ。貰ってやっても。その代わり……」
「その代わり?」
「うん。口移しで食べさせて。あれ、全部」
智也は驚いて
「全部?!今すぐにか?」
祥悟はくすくすっと笑って
「ばーか。んなわけないじゃん。おまえ、俺を太らせる気かよ。これから俺がここに来た時に、少しずつ、だよ」
…これから、ここに来た時に少しずつ、か……。
意味深な祥悟の言葉。
でも勘違いしてはいけない。この気まぐれな猫は、思ったことをただ口に出しただけだ。その先を期待するのは……まだ早いだろう。智也はほろ苦く微笑んで
「ああ。もちろんだ。じゃあ、今日はどれがいい?」
智也は立ち上がるとテーブルに歩いていった。
「シャンパントリュフ」
「わかった」
智也は最初に買った紙袋から、トリュフチョコレートの入った箱を取り出すと、包装を外してチョコを1粒摘んで戻り、祥悟の上にかがみこんだ。
チョコを口に咥えて差し出すと、祥悟はくすくす笑いながら顔を近づけて、智也が咥えたチョコに齧り付く。ほろっと口の中でほどけてとろけるトリュフチョコは、少し苦味のある大人の甘さだ。
残り半分も口移しされて、祥悟は幸せそうに口の中で転がしながら、智也の背に腕を回して抱きついた。満足そうな蠱惑的な瞳が、誘うように智也を見つめている。
…ねえ、祥悟。俺は、君が好きだよ。君の心が、たとえ他に向いていたとしてもね。
智也は、祥悟の唇に優しく口付けた。そのキスはとても甘くて、少しだけ苦い味がした。
ー完ー
ともだちにシェアしよう!