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SS『君の声』2 (完)
店を出て、予定通り映画館に向かう。
前から祥悟が観たいと言っていた洋画のチケットとパンフレットと飲み物を買って、館内の重たいドアを開けた。
平日の昼間だからか、思ったより客の入りは少ない。
まばらに空いている席の、ちょうど真ん中ぐらいに並んで腰をおろすと、祥悟に飲み物を渡した。
上映まで、まだ15分ほど時間がある。
飲み物片手にスマホをいじり始めた祥悟の横顔を、智也はちらちらと窺った。
カフェでは結局、さっきの男のことを気軽に話題にするきっかけがつかめなかった。
ひとこと、どういう付き合いだったの?と軽く聞けば、祥悟はおそらくあっさりと答えてくれるだろう。
ただ、その言い方や声音に、自分が内心抱いているもやもやが滲んでしまいそうで、躊躇しているうちにタイミングを逃してしまった。
ちょっとショックだったのだ。
祥悟がそれほど嫌がらずに男の相手をしていたことよりも、男が何度も「祥」と呼んでいたことが。
そして、その呼び名を祥悟が当然のように聞き流していたことも。
「俺の名前は祥悟、な。気安く祥って呼ぶなっつーの」
祥悟の口から、1度もその言葉は出なかった。
……つまらないこと、こだわってるよな、俺。ばかだろ。
いい歳をした男が、こんなことで焼きもちを妬いているなんて情けない。
晴れて恋人になれて、今は蜜月の幸せな日々なのだ。お互いに休みが重なると、こうしてデートもする仲だ。
恋人関係になってからは、祥悟は浮ついた行動もせず、仕事の付き合い以外はまっすぐ自分の所に帰ってきてくれる。
たかが呼び名だ。
昔そこそこ仲のよかった相手が、自分の知らない所で祥と呼んでいたって、別に不思議はない。
……でも……。
嫌なのだ。
その呼び名は、自分に特別に与えられたものだったはずだ。
どんなに気心の知れた相手でも、肌を何度も重ねた相手でさえも、祥悟はその呼び名を絶対に許さなかった。
恋人になってから1度、聞いてみたことがある。祥悟はその理由を「母さんが呼んでくれた名前だから」と教えてくれた。
だから、祥悟にとっても、それは特別なものだったはずなのに。
……ダメだ。やっぱりもやもやする。
「さっきの」
「ん?」
「さっきカフェで会った人」
「あ~……拓真?」
あの男の名を親しげに呼び捨てする祥悟に出鼻をくじかれて、智也は言いかけた言葉をぐっと飲み込んだ。
そのまま黙ってしまった自分を怪訝に思ったのか、祥悟がスマホから顔をあげて、こちらを見た。
「なに。なんか言いかけたじゃん」
「あ、いや……。昔、一緒に仕事していた人だよね」
「ん。一緒に仕事してたのは半年ぐらいな。その後も何回か会ったりしてたけど?」
「……結構、親しかったのかい?」
思わずひずんだ声が出た。
……こら。普通に話せよ、俺。
「んー。まあな。飲みに行ったりとか、たまに遊んでたりしたし」
……遊んでいた。…ということは、もしかして寝たこともあるのだろうか。
「……そう」
胸の中のもやもやが、重苦しさを増していた。やはり、聞かなければよかった。
「あいつさ、いい声じゃん?」
……それはたしかに。声優なんだし。
「似てるよな、おまえに、声」
……似てる……。声が? え。俺に?
「え?」
思わず祥悟の顔を見ると、祥悟はちょっと悪戯っぽく笑って
「おまえに似てんの。拓真の声。だから付き合ってたんだよね」
……え……。それって……。
「久しぶりに声聞いてさ、やっぱり似てるって再認識したし。おまえさ、ちょうどあの頃、俺に冷たかったじゃん? 連絡取っても会おうとしねーし。仕事場で顔合わせても、素っ気ないしさ」
智也が何も言えずにいると、祥悟は苦笑しながら首を竦めて
「なんか避けられてんなーって思ってた。で、つまんねーからさ、おまえの声、聞きたくなると、代わりにあいつ呼んで遊んでたの。あいつが俺のこと祥って呼ぶ声、すっげーおまえに似てたし?」
智也は目を見開いた。
……祥……。それ……それって……。
「俺、おまえの声、昔っから好きだったみたいだよな」
祥悟はそう言って照れたように笑うと、またスマホに視線を落としてしまった。
……うわ……ダメだ……。ちょっと……泣きそうかも……。
ブザーが鳴り、館内が暗くなる。
スクリーンに映し出される鮮やかな光がやけに眩しくて、智也は瞬きをしながら、滲んでくる涙を必死に散らした。
~END~
※ 1月22日は、智也と祥悟のBirthday。
このSSは2人の誕生日SSということで前に書いたものを加筆修正しました(﹡ˆˆ﹡)
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