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SS『傷口を舐める』智也と祥悟編 2
「何も要らないよ。いいからここにいてくれるかい? 祥」
祥悟は掴まれた手首と自分の顔を交互に見つめて、そっとソファーに座り直した。
「祥。大丈夫だよ」
智也は、もう何度目かも分からないその言葉を繰り返した。
祥悟は頷くと手を振りほどき、逆にこちらの両手首を握り締めてきた。持ち上げて自分の頬にあてる。
頬を手で包み込むようにして、少し目を細めて小さく呟いた。
「あったかいな……おまえの手……」
「……祥」
「うん。ちゃんと……生きてんだよな、おまえ」
「っ。もちろんだよ。俺は……」
祥悟は顔をずらして、今度は手のひらに唇を押し当ててきた。
苦しそうに寄せた眉。
泣いてはいない。
涙は浮かんではいないのだ。
でも、その顔は泣いているように見えた。
智也は祥悟の頬を包む手に力を込めた。
「俺は生きてる。大丈夫だ。君を置いていったりしないよ」
「危なかったって、医者が言ってた。あとちょっとズレてたら……病院着くのちょっと遅れたら、おまえ……ヤバかったって」
「でも、大丈夫だっただろう」
「バカだろ。なんで俺なんか庇うんだよ。おまえほんっと、ばか」
祥悟は駄々をこねるように言って、こちらの手のひらで両目を覆った。
「あんなのさ、無茶苦茶やってた俺の身から出た錆じゃん。おまえが庇う価値なんか、ねーし」
「馬鹿は君だよ。全然わかってないよね、祥」
指の隙間から、祥悟の不安そうな目がこちらを見つめている。
「病院でも何度も言ったよね。君にほんのちょっとだって傷させないで済んで、よかったって。祥。君を守れて……よかった」
こちらを窺う祥悟の目が、揺らめいた。何か反論しようと唇を震わせ、でも何も言わない。
どれほど言葉を重ねても、祥悟が納得するとは思っていない。もし逆の立場なら自分だって同じだから。
もし祥悟が自分を庇って大怪我をしたら、自分の存在を呪いたいほど悔やむだろう。
祥悟は頬から手を外して、ソファーから床へと滑り落ちた。
「……っ。祥?」
「見せて? おまえの傷」
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