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SS『傷口を舐める』智也と祥悟編 3

祥悟はぺたんと床に座り込み、無表情で見上げてくる。ちょっと躊躇してから、智也は頷いて、シャツのボタンを外し始めた。 全て外してシャツの前を肌蹴け、スラックスの前をくつろげる。傷口を保護する大きな絆創膏タイプのガーゼを外そうとすると、祥悟の手が伸びてきて、そっと指に触れた。 「俺が、やる」 祥悟は慎重にガーゼを外すと、見た目にはほぼ塞がっている傷口を、じっと見つめる。 「ね? もう大丈夫だろう?」 祥悟はちらっと目を合わせてから、再び傷口に視線を落とし、指の先で恐る恐るなぞり始めた。触れるか触れないかのその触り方は、かなり擽ったい。でも祥悟の顔は真剣そのものだから、智也は身を捩りたいのをグッと我慢した。 「血がさ……すげえ……いっぱい出てた、よな」 指先で何度もなぞりながら、ポツリと呟く。 「ここから……ドクドク流れてきてさ。押さえてんのに、全っ然止まんなくて」 「祥」 智也は祥悟の口を塞ぎたくなった。 その光景は、彼の最大のトラウマだ。 また過去のことを思い出してしまったら……パニックを起こすかもしれない。 「おまえの命がさ、ここからどんどん流れていっちまうって……俺、すげえ……怖くて」 「祥。大丈夫だよ。俺の命はここにあるよ」 それ以上言わせたくなくて、智也は少し強い口調で遮った。傷口を見つめていた祥悟が、すっと上を向く。 「……っ」 ぽろりと、祥悟の目から零れ落ちた涙に、智也はハッとして目を見開いた。 「祥……」 ぽろぽろと零れ落ちる涙があまりにも綺麗で、大粒の涙を零す祥悟の表情が、まるで迷子の子どもみたいに、幼く頼りなげに見えて、胸がぎゅっと締め付けられる。 手を伸ばして、零れる涙を指先で拭うと、祥悟は顔を歪め、ガバッと抱きついてきた。 「祥っ」 傷に響かないようにだろう。腕だけ伸ばして必死に首にかじりついてくる。智也は背中に手を回し、祥悟の細い身体を抱き寄せた。 「しっ死ななくて……よかった。おまえが、死ななくて、ほんとに、よかった!」 涙声で叫ぶ祥悟の、大きな声。病院では、ずっと堪えていたのだろう。こんな風に感情を激しくぶつけてくる祥悟は、久しぶりだ。 「祥……祥……祥」 胸に顔を擦り付け、泣きじゃくる祥悟の背中をそっとさする。 「ごめんね、祥。怖かったよね」 「とも、や、智也……っ」 祥悟はしゃくりあげながら、胸元に顔を擦りつけ続けた。

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