168 / 175
「吐息のようにKissしてよ」3
「わかってる。でもさ、惟杏さん無理してた。あのヒモ男にベタベタしてたのだって、わざと俺らに見せつける為じゃん。私は今、幸せだ……、ってさ。それがなんかすげぇ……嫌だったんだよね。あんな惟杏さん、見たくなかったなぁ……」
祥悟は拗ねた顔のままだ。
もしかしたら、祥悟と惟杏さんの間には、ただのセフレというだけじゃなく、自分が聞かされていないもっと深い心の繋がりがあったのかもしれない。
まるで駄々っ子のような祥悟の態度を見ていて、ふと、そんな気がしてきた。
「祥。君、もしかして、惟杏さんのこと……本気で好きだった?」
智也が穏やかに問いかけると、祥悟はちろっと目をあげた。
「んー……。本気で好きとか、嘘の好きとか、そういうのは俺よく分かんねえし。でもさ、一度、結婚してって泣かれてさ、OKしたことはある」
……やっぱり……。
智也は空いている方の手で、ツキンと痛む胸を押さえた。
「あの人、信じてた男に妻子がいてさ。結局、嘘つかれて遊ばれてたんだよね。若い頃、まだOLやってた時にも結婚するつもりだった彼氏が浮気してさ。かなり修羅場って別れたらしいし。そういうの重なって、男性不信になっててさ。あの頃、俺とか他の連中と遊んでたのって、辛い気持ちを紛らわす為だったと思うんだ」
祥悟はグラスを見つめながら、独り言のように呟いた。
なるほど。惟杏さんは祥悟にそんなプライベートな部分まで打ち明けるほど、心を許していたのか。そして祥悟もまた、泣きつかれて結婚をOKするほどには、彼女のことを大切に思っていたのだろう。
「結婚……しなかったのは、何故だい?」
祥悟は不貞腐れた子どもみたいに首を竦めた。
「惟杏さんが急に、気が変わったって言い出したんだよね。他に好きな人、出来たからってさ。で、何となくきまずくなって、セフレの関係も自然消滅したわけ」
「じゃあ、その、好きになった人っていうのが……」
「ん。結婚相手。1回さ、会ってんの俺、その男と。惟杏さんが好きなタイプのイケメンじゃなかったけどな。誠実そうで優しそうで、経済的にも安定してたし。俺、なんだかホッとしたんだよね。俺となんか結婚しなくて、よかったじゃん。ってさ」
祥悟は過去のことや血の問題があったから、刹那的な生き方を自分に課してはいたが、根っこの部分では、意外なほど情が深くて気が優しい純粋な人だ。昔、スキャンダルに巻き込まれた時にも、相手の女の子と結婚して責任を取るつもりだと言ったことがあった。
家庭に恵まれなかった人生だったからこそ、逆に家庭の持つ温もりや安定に、無意識に憧れていた部分もあったのかもしれない。
「そうか。そういう経緯があったんだね。それでガッカリしちゃったのか」
ともだちにシェアしよう!