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「吐息のようにKissしてよ」7

祥悟の足取りはどんどん早くなる。 夕闇迫る、青とオレンジが交錯する空。 ガラス窓の向こうに広がる、その不思議なグラデーションの空に向かって、躊躇なく早足で歩いて行く祥悟の姿に、智也は青ざめた。 首に巻いた真っ白なストールの裾が翻り、まるで羽根のように見えた。錯覚だと分かってはいても、ヒヤリとする。 あのまま勢いよく突進していったら……あの不思議色の空に、祥悟が溶け込んでいってしまう。羽根を広げて飛び立っていってしまう。自分の元から。 ……ダメだっ、祥っ。 これは自分の不安な気持ちが見せる白昼夢だ。彼に飛び立つ羽根などない。 それでも、どうしようもない焦燥感に駆られて、智也は駆け出していた。 透き通る床に踏み出そうとする寸前で、追いついて祥悟の腕を掴む。 急ブレーキをかけられた祥悟が、勢いよく振り返った。その目は怒りというよりも哀しみに揺れている。 ……どうして……? 智也は息を飲み、彼の瞳を見つめた。 「なんでだよ?」 不意に祥悟が唸るように呟く。 「なんでおまえって、信じねえの?」 「え……?」 掠れ声を漏らすと、祥悟はくしゃっと顔を歪め 「そんな顔、すんなってば。俺にはおまえしかいねえのに。もう何回もそう言ってんのに。なんでおまえはすぐ、不安になるんだよ!」 まるで子どもが地団駄を踏むように、祥悟は叫んで、もどかしげに足をイライラと踏み鳴らした。 智也は呆然として 「……祥、……俺は、」 「選べないなんて言うなよ!俺はおまえを選んだじゃん。好きな方にしていいなんて、優しいフリして突き放すなってば!」 「あ…………」 ようやく、祥悟の言葉の意味が分かった。いや、何故、彼が苛立っているのか、そんな哀しそうな目をしているのか、ようやく理解出来た。 さっきのセレクトショップでのことだ。 あの時、もやもやした気持ちや不安が、つい言葉になって零れ落ちた。 祥悟は気づいていたのか。 自分があの時、何を思い悩んでいたのかを。 不意に祥悟が動き出した。こちらに腕を掴ませたまま、引き摺るようにして透ける床に1歩踏み出す。 「祥、ごめ、」 「っるっさい」 祥悟は鋭く遮ると、こちらの手首を握り直して、グイッと引っ張った。勢い余ってよろけ、ガラス窓を背にした彼にぶつかりそうになる。 智也は焦って、思わず窓に両手をついた。 祥悟の華奢な身体を覆うようにして、窓に手をついていた。これはいわゆる、壁ドンというやつだ。 「……もう……。何やってんの?おまえ」 祥悟は下から掬い上げるように上目遣いにこちらを睨んでくる。見下ろす彼の背後には夕日色の空が広がっていた。 「うわ、」 強烈な浮遊感に視界がクラクラする。

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