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翌日いつもより少しだけ早起きをした僕は、お弁当作りに勤しんでいた。
夜のうちにお米は研いで炊飯器にセットして、おかず一品分の仕込みは完了している。
あとは火を入れるだけ。
大きな鍋に水をはり、火にかけたら料理スタートだ。
今日のメニューは中華弁当。
肉好きな瑛士のリクエストに答えるため、肉料理を二品入れた豪華バージョンになる予定だ。
とはいえ、野菜もたっぷり入っているので栄養が偏る心配はない。
冷蔵庫から豚肉、キャベツ、ピーマンを取り出し、程良い大きさにカットしながら今日の時間割りを思い浮かべる。
今日は火曜だから――…。
英語、体育、現文、地学に数Ⅱと古典?
体育と数学がある…。
――憂鬱。
きっと昼休み直後の数学は睡魔との戦いになるだろう。
何しろ一年生を担当する数学のおじいちゃん先生は、語り口調がとにかく眠気を誘うのだ。
寝ていても特に咎められはしないが、眠気をさそう口調でテストの重要ポイントをガッツリ話してるらしいので油断大敵だと瑛士が言っていた。
三年の数学担当は寝たらチョークが飛んで来るというし、数学に関わる人は変わり者ばかりだ。
これから溜まるであろう一日分の鬱憤を先に晴らすべく、生姜をこれでもかというほど細かく微塵切りにしてやった。
あとは甜麺醤、醤油、酒で合わせ調味料を作り、少し多めに水溶き片栗粉を混ぜたら下準備完了。
鍋のお湯も沸いたので蒸籠をセットする。
蒸かすのは焼売だ。
夜のうちに脂ののった豚肉挽を白くなるまでよーく捏ねて作った焼売。
水切りをした豆腐はふわふわした食感の元。
荒微塵の玉葱にたっぷりと片栗粉をまぶして混ぜれば、甘みと焼売独特のぷりっとした食感も加わる。
これならお弁当に入れても、冷めて固くなったりしないで美味しく食べられるだろう。
「柚琉、おはよう~。 いい匂いね~」
焼売の香りが湯気に乗り始めたころ、母さんが起きてきた。
――時刻は午前6時。
「おはよう。 朝ごはん、焼売でもいい?」
「もちろん! 朝から柚琉のごはんが食べられるなんて今日はいい日ね~」
いつもは夕飯の残りをお弁当に持っていくので、朝ごはんは母さんが作ることが多い。
昨日は母さんが夕飯を作ってくれたので、いつもとは逆転だ。
「お弁当、父さんにも作ってあげたら?」
父さんはいつもはお弁当を持っていかない。
昼食を兼ねた打ち合わせが突然入ることもあるから、食べられないと申し訳ないからって。
「父さんの弁当にする位はあるけど、高校生の息子が作った弁当なんて嬉しくないだろ…」
「ばかねぇ~。 柚琉が作ったなんて言ったら泣いて喜ぶわよ! 面白いから内緒にしておいて、お昼頃にメールで教えてあげましょ♪」
涙目になって食べるところが見れないのが残念だわ~、と楽しそうに父さんの弁当箱を出してくる母さん。
「いくらなんでも泣かないと思うけど…」
「あら? 柚琉ってば鈍感さんね。 父さんがどれだけあなたを溺愛しているのか分かってなかったの?」
さも当然、何を今さら、とばかり驚いた顔をされた。
娘ならいざ知らず、高校生の息子を溺愛する父親なんていないだろう。
報われない恋ね~、なんて溜め息を吐きながら洗面所へと向かう母さんを見送る。
いや、いくらなんでも親子で恋はない。
それにしても、昨日からめずらしく恋愛ネタが続く。
まぁ、今までは恋愛どころか人付き合いそのものと疎遠だったわけだし、恋愛なんて異次元の出来事だと思っていたからネタにすらならなかったんだけど。
一つ変化が起きると連鎖的にいろんな所で変化が起こるものなのだろうか。
気を取り直してメインディッシュに取りかかる。
中華鍋を強火で熱し、微塵切りにした生姜の香りが油に移った頃に豚肉を投入。
中華料理は下準備が8~9割。
加熱調理は高火力で一気に仕上げるのであっという間だ。
肉に程よく火が通った所にキャベツとピーマンを投入。
豚肉から出た脂と旨味を絡めながらシャキシャキとクッタリの間になるよう炒めていく。
お弁当用なのでややシャキシャキよりを意識した頃合いで、合わせ調味料を回し入れた。
鍋肌に流れた調味料がジュワっと音を立てながら蒸発し、何とも言えない香ばしさが充満してくる。
具材全体に味が行き渡り、余分な水分が飛んだ所で仕上げに胡麻油を一回しして調理完了。
少し固めに絡んだ調味液が冷める頃には食材から出た水分で調度良い具合になる予定だ。
お弁当の残りで朝食を済ませ、軽くシャワーを浴びて嫌いな授業の支度する。
体育の日は荷物が多くなるのも嫌いな理由の一つだな。
一通り準備を整え粗熱が取れた頃、大きさの違うお弁当三つに中華惣菜を詰め込む。
特製中華弁当完成。
ピーンポーン――。
タイミングピッタリにインターフォンが鳴る。
家主が返事をするより早く、ガチャっとドアを開ける音が続く。
何のためにピンポンしたんだ。
「柚、行くぞー」
予想通りの声と「あら、瑛ちゃんおはよう~」という母さんの呑気な声が聞こえてくる。
学生鞄とジャージと二人分のお弁当箱を抱えて玄関へ行く。
のほほんとした母さんと朝にピッタリな爽やか笑顔で話す瑛士。
普段の俺様な空気はどこに仕舞ったんだ。
「はよ。 忘れ物ないか?」
「――おはよ。 大丈夫」
いつもの挨拶を交わしながら靴を履く。
「それじゃ。 おばさん、行ってきます」
然り気無くお弁当袋を持って先に出た瑛士を追いかけるように僕も立ち上がる。
「行ってきます」
「いってらっしゃい、気を付けて行くのよ~」
母さんの声に送られながらドアを閉める。
春だというのにまだ早いからか少し肌寒い。
家から学校までは徒歩20分。
瑛士が一人で歩いた時は10~15分で着くという。
もっとギリギリに出ても間に合うけれど、朝の登校ラッシュで混雑した昇降口や廊下を歩く気になれず、いつも早めに家を出ている。
「これ、弁当? 中身何?」
「肉」
「ふーん?」
興味があるのかないのか分からない瑛士と、弁当の中身当てと時間割りをネタに話しながら歩く。
あっという間に辿り着いた校門では、生徒指導の先生が校則違反がないか目を光らせて立っていて、何をしたわけでもないのに緊張する。
何となく、先生が立っている位置とは遠い所を狙って校門を通過した。
「おはようございまーす」
挨拶だけはしっかりして、何か言われる前にそそくさと教室へ向かう。
まだ疎らな人影。
少しずつ高くなる太陽と気温。
また、今日も1日が始まる――。
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