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午前中の体育を瑛士の影に隠れてやり過ごし、お昼休みには屋上で弁当を食べ、今は5時間目の授業の真っ最中。
お弁当仕様に作った回鍋肉と焼売の特製中華弁当、別名W肉弁当は大好評で、瑛士の胃袋にあっという間に収まった。
一口毎に、旨い、天才、嫁に来い、を繰り返しながら食べてくれたのは嬉しいけど、男の僕が嫁にいけるわけがない。
おまけに作った時間の十分の一にも満たない時間でペロリと食べ終わってしまったのでちょっと切ない。
たまには隠し味がどうとか、調理の工夫がこうだとか、そんな話もしてみたい。
まあ、瑛士に望んでも無駄なことは分かりきってる。
「えー…で、あるからして、えー…ここの解は、えー…このように、なるわけですねぇー…。 はい、えー…よろしいですか?」
数学のおじいちゃん先生が黒板へ板書を終えて振り返る。
あと数年で定年を噂されるおじいちゃんは、自分が話そうとしてることも思い出せないのか、やたらと“えー”を多用して話す。
前に瑛士が一時間に何回“えー”を言うのか数えてみたら、数分で100を超えて数える気力がなくなったとか言っていた。
今日も“えー”は絶好調だ。
「えー…、今のところは中間テストにも出しますので、えー…覚えておくように。 それから、えー…次の授業の時にも、えーーー…ぁ、小テスト、やりますから、えー…がんばってね」
突然の試験宣告。
やばい。
半分くらいお弁当のことを考えていて聞いてなかった。
慌てて板書された内容をノートに書き写す。
元々苦手な数学に、眠気を誘うまったり口調のおじいちゃん先生の組み合わせは最強に相性が悪い。
「えー…では、今日の授業はここまで」
ここまで、の一言とほぼ同時に日直の号令がかかる。
きりーつ、気を付けー、礼。
ガタガタと椅子を鳴らしながら着席し、ノートと黒板を見比べる。
なんとか写し終えてはいるけど、完全に意味不明だ。
「柚、お前ちゃんと聞いてなかっただろ」
「――瑛士ぃ」
斜め後ろの席から呆れたように声を掛けられた。
五十音順にならんだ座席で瑛士は窓際の後ろから2つ目。
僕は窓際から2列目の後ろから3番目。
斜め後ろの瑛士からは、丁度良い角度で僕の席が見えるらしく、終了間際に慌ててノートを書いてる様子はバッチリ見られていたらしい。
前髪で見えないのは分かっているけど、つい縋るような視線を送ってしまう。
「バカ柚。 次の数学って明日の一限だぞ」
「うそ…」
「嘘言ってどうすんだよ。 俺、部活だぞ?」
一人でできるのか、と心配と呆れを混ぜた表情で聞かれだが、全然大丈夫じゃない。
小テストは直接成績に反映される訳ではないけど参考にはされる。
上位を狙っている訳では無いけれど、テストだけで成績が保てる自信のない僕としては、少しでも良い点数を取っておきたいところだ。
僕らの通う学校は普通科と特進科がある私立高校で、普通科の偏差値は平均程度。
特進科は国内外を問わず有名大学への進学者を毎年輩出している程、ハイレベルな偏差値を誇っている。
僕も瑛士も普通科だけど、本来なら瑛士は特進科にも余裕で入れる程頭が良い。
引きこもって暇潰しに勉強していた僕が中の上くらいの成績だったのに、部活に明け暮れていた瑛士は常にトップクラスをキープしていた。
受験校を聞いた時も、当たり前のように特進科を受験するものだと誰もが思っていた。
それなのに瑛士が選んだのは普通科。
後から同じ高校を選んだ僕に合わせたのは明白だった。
「僕に合わせるなら同じ高校には行かない」
そう言った僕に瑛士が返した答えはとても瑛士らしくて、僕のせいだって分かってたのに納得せざるを得なかった。
「高校はバスケ部が強いから選んだ。 高校卒業した後の進路なんてまだ考えてもいねえよ。 大体、俺が行きたいと思った所に行けないわけがねえな」
学校自体に有名大学への道があるのなら、特進科であろうと普通科であろうと、行ける実力がある生徒なら送りたいのが学校側の本音だろうから、学科の違いなんかで未来は変わらない、と俺様発言でニヤリと笑って断言された。
本当はカリキュラムとか学べること自体に差があったり、学校側のサポートにも違いがあるのかもしれない。
でも瑛士なら、そんな違いすらどうにかしてしまうんだろうな、と思わせるには充分だった。
そんなわけで揃って普通科を受験し、余裕綽々の瑛士に付きっきりで勉強を見てもらった結果、僕はここにいるわけで。
元々要領の良い瑛士と違って相変わらず勉強は苦手で。
しかも、平均程度の学校に入れる偏差値にも5教科の中では偏りがあって。
――数学は特に苦手なんだよね。
小テストとはいえ、高校始まってすぐからコケたくはない。
となると、普段の予習復習にプラスして一人で勉強するなら、放課後丸々使っても足りるかどうか…。
どうしても分からないことは部活終わりに瑛士に聞くとして――。
「放課後、自習室行ってくる…」
「今日、生徒会は?」
「ある…」
「行くのか? 無理ならちゃんと連絡しとけよ?」
そうか。
お試し期間とはいえお手伝いの約束をしてるのだから生徒会へは連絡しておいた方が良さそうだ。
「――…ぃ」
「あ?」
「先輩の連絡先、知らない…」
引きこもりの弊害がこんな所で表れた。
僕のスマホに入ってる連絡先は5つ。
父さん
母さん
瑛士
じいちゃん家
ばあちゃん家
じいちゃん家は父さんの実家、ばあちゃん家は母さんの実家。
メッセージアプリに至っては、知り合いよりどこぞの公式アカウントの方が数が多いくらいだ。
引きこもりコミュ障のビビり癖持ちめ、と呟く瑛士に何も言い返せなかった。
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