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「いっちー、イチャイチャしてるなら手伝って頂けますか?」  水嶋会長の声で、生徒会業務を中断させてしまっていたことを思い出した。  慌てて勉強道具を鞄に仕舞い、一瀬先輩にお礼をする。 「先輩、ありがとうございました」 「どういたしまして~」  「困ったらいつでも聞きにおいで~」と笑顔を見せられると、悪いと思いつつも嬉しくなってしまう。  部活動や委員会など同学年以外の人との接点になるような活動を今までしたことがない僕にとって、先輩という存在は何となくくすぐったい。 「僕も、お手伝いします」 「ありがとうございます。 とりあえずお茶を淹れて頂けますか」 「あ、はいっ」  いつの間にか水嶋会長の中でもお茶を淹れるのは僕の仕事として認識されているようだ。  せっかく会長自らご指名頂いたので張り切って淹れたいところだが、生憎緑茶用の急須しかない。  今度家からティーポットとお茶菓子を持ってこよう。 「あっきー、昨日の打ち合わせどうなった~?」 「クリーン活動のエリアが確定しました。 今年は駅前、学校周辺、河川敷の3箇所ですね」 「クラス縦割りで分担かな~?」 「次の中央委員会で執行委員に決めて頂きましょう」 「了解~。 てことは~、それまでにエリアマップと道具の調達、各エリアの中継拠点決めかな~」 「そうですね。 暑くなることも考えられますし、水分補給などの注意喚起も必要ですね」  集合場所、備品置き場、怪我人が出た場合の対処方法、連絡網。  どんどん話が進んでいく。  出てきた端からあっという間に話がまとまっていき、慣れた様子と二人の連携はお見事としか言えなかった。  そもそも僕らの学校の生徒会は学校行事の大半を取り仕切っていて、その活動は多岐に渡る。  そのため、生徒会は各委員会と連動し行事を運営している。  各クラスの学級委員長が集まる “学年委員会”  各部活の部長が集まる “部活連合委員会”  各種委員の委員長が集まる “専門委員会”  文化祭、体育祭を取り仕切る “実行委員会”  これら4つの委員会を総称して“執行委員会”と言う。  更に、執行委員の四委員長と“選挙管理委員会”、“風紀委員会”の代表が集まったものを“中央委員会”と呼び、生徒会は主にこの中央委員会を召集し学校行事に関する取り決めや伝達を行っている。  要するに、生徒会が全組織を統括していると言っても過言ではないのだ。  瞬時に状況を理解し、推理分析できる処理能力。  プリンスと渾名され慕われる人望。  普段ぽややんとしていても、これだけの組織の副会長という役職は伊達では出来ないだろう。  先輩、本当にすごい人だったんだな――。  僕が考えてる間にもどんどん話は進み、後は中央委員会で、とまとまった。  話の邪魔にならないようそっと出したお茶はまだ熱いままで、如何に短時間で完了したのかを物語っている。 「さてと、そろそろ見回りに行ってきましょうか。 高梨くん、いっちーのお守りと留守番をお願いしますね」 「あ、はい。 いってらしっしゃいませ」  お茶を飲み終えた水嶋会長が席を立つ。  ドアの向こうに消えて行くのを見送った後、ふっと肩の力が抜ける。 「ゆずくんはあっきーが苦手~?」 「あ、いえ。 そんな事はない…ですけど、何故か緊張してしまって…」  怖い人、ではないと思う。  何故だかは分からないけれど、野生の動物と対峙した時のような、油断してはいけない、そんな緊張感があるのだ。  野生動物と言っても、野良犬位しか緊張するようなものに対峙したことはないけれど。 「そっか~。 俺と居るのは緊張しない~?」 「――そう、ですね。 してない…かも、です」 「それは良い意味で受け取っていいんだよね~?」 「…多分?」  「多分か~」と笑う先輩。  本当はまだ、少しだけ怖い。  人は何気ない一言で人を傷つけるから。  何気ない仕草で誤解を与えてしまうから。  そうならないように避けてきた。  できるだけ、人に関わらないで一人で居ようと思った。  少しだけど、変わりたいって思ったのが一週間前。  ずっとこのままじゃいられないなら、変わるしかないのなら、少しだけ勇気を出してみようと思った。  ほんの少しの勇気がもたらしたのは今までと違う日常。  一瀬先輩と出会って、水嶋会長にも出会って、生徒会という新しい居場所ができた。  新しい生活、優しい先輩、今まで知らなかったことたち。  だから今日は二回目。  今回のきっかけも瑛士なのは癪だけど。  もう少しだけ勇気を出したら、また少し新しい何かに出会えるだろうか。  もうちょっとだけ、欲張ってみてもいいのだろうか。 「ゆずくん?」 「あ、の… … …」  先輩に、聞きたいこと。  もう何年も、誰にも訊ねたことのなかったこと。 「うん。 何かな~?」 「先、ぱい…あの… … …」 「うん」  いつもだったら先回りして答えをくれるのに、今に限って僕の言葉を待っている先輩。  まだ伝わっていないのだろうか。  名探偵はどこへ行ってしまったのだろうか。 「あの…先輩、の…」 「俺の?」  あ、分かっているから待ってるのか。  目を細めてふわりと笑う先輩。  何を伝えようとしているのかはともかく、何かに気付いて待っていてくれてるんだってわかってしまった。  僕が自分で動かなきゃって思ったこと。  少しだけだけど、前に進もうと思ってること。  そんな気持ちを察してくれた先輩に後押しされるように、今世紀最大級の勇気を振り絞る。 「先輩の、れん…らくさき…っ、教えて…ください…」  最後の方はほとんど聞こえていなかった。  声にした僕にだって聞こえなかった位だから、先輩に届いたわけがない。  それなのに先輩は嬉しそうにしていて。  よく出来ましたって言うみたいに優しげに微笑んで。  僕が欲しかった答をくれたんだ。 「うん、もちろんだよ~」

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