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ピロンッ。
ここ数日で聞き慣れた音が鳴る。
先輩と連絡先を交換して三日、今までウンともスンとも言わなかった僕の携帯が頻繁に鳴るようになった。
三日前まで料理のレシピ本として大活躍していた僕の携帯は、本来の役目を思い出したかのようにピロピロ楽しそうに鳴っている。
三日前
《煌來》ゆずくーん( ´ω` )/
《ゆず》はい
《煌來》中央委員会終わったよー\(^o^)/
《ゆず》お疲れ様です
《煌來》ありがと( ´ω` )
昨日
《煌來》ゆずくーん( ´ω` )/
《ゆず》はい
《煌來》見回り行くから昇降口集合ねー( ´ω` )/
《ゆず》はい
今日
《煌來》ゆずくーん( ´ω` )/
「は、い…っと」
「何、副会長様?」
「うん」
「どれ? ――お前“はい”しか言ってねぇし…」
僕のベッドで寛いでいた瑛士が、腹筋だけでひょいっと起き上がったかと思うと僕の携帯を覗き込んで呆れた顔をした。
失礼な、“お疲れ様です”も言ってるのに。
ピロンッ。
「副会長様マメだねぇ~」
「うん…。 明日瑛士も来るか、って」
「明日? あー、なんとか活動?」
「クリーン活動」
「そうそれ。 あ~…悪い、明日練習試合だわ」
申し訳なさそうというより心配そうな表情で断られたが部活ならば仕方がない。
クリーン活動は有志による地域貢献活動だ。
瑛士も一緒に行けたらなとは思っていたけど、強制参加ではない。
瑛士のように部活がある人も、ゴールデンウィークで出掛ける人も当然いる。
ゴールデンウィーク最初の日曜日に、決められたエリアのゴミ拾いや草むしりを行うこの行事は、毎年恒例で“地域と繋がりを持つことで学校と地域の関係を密接にする”という目的と地域貢献を兼ねて行われる。
有志とはいえ生徒会と中央委員は運営の関係上自動的に参加になるし、一部の委員や部活動もそれらの活動の一環として参加してくれるそうだ。
そこにボランティア精神に溢れた個人参加の生徒と教師を合わせると、ゴールデンウィーク中とはいえそれなりの人数が集まることになる。
瑛士の心配そうな顔はそのせいだろう。
「大丈夫。 瑛士は試合に勝ってきてね」
「お前、そこは“頑張ってね”じゃねぇのかよ」
頑張ったかどうかより、勝ち負けにこだわる瑛士だからそう言ったのに。
「柚も頑張ってるからなぁ。 俺も負けてらんねぇな」
「またお祝いする?」
「いや。 だいたい、まだスタメンにもなってねぇよ」
「そうなの?」
運動部の仕組みはよくわからないが、入部したばかりの一年生がそう易々と試合に出れるものではないらしく、ゴールデンウィーク中に組まれた練習試合の結果次第でこの先の地区大会、インターハイに出してもらえるかが決まってくるらしい。
「三年にすげぇ先輩がいるからさぁ、引退までに一緒に試合してぇんだよなぁ…」
「すげぇ先輩?」
「そっ。 特進科の人だから夏休み前には引退らしくてさ、今を逃したらもう一緒にできねぇんだよ」
「瑛士より強いの?」
瑛士が誰かを誉めるなんて珍しい気がして、思ったまんま聞いたら「お前、俺が無敵だと思ってないか?」と苦笑された。
違うんだ。
「柚ちゃんは可愛いですねー」
「――ちゃんって言うな」
いつも通り人の頭をぐしゃぐしゃにしながら話す瑛士曰く、いくら上手いと言ってもまだまだ中学レベルで高校では通用しないんだって。
スタメンの先輩たちは特にすごいんだって。
謙遜し過ぎな気もするけど、とりあえずぐしゃぐしゃはやめてほしい。
「技術とかもそうなんだけどさ、一人なんかこう…周りを巻き込む空気みたいなの? そーゆーのがすげぇ人がいるんだよ」
その人が出てくると敵味方関係なく、観客すらも一挙一動に視線を奪われる、そんな選手。
いつか追い抜くと燃えている瑛士にも、僕からしたらその素質は充分あるように思う。
だけど年相応の少年らしい雰囲気で笑う姿からは、本当にバスケが好きで追いかけることすら楽しんでいるのが伝わってくる。
「それにさ、どうせやるなら上手い奴と組んで強い奴を倒した方が楽しいだろ?」
あくまでも勝てる前提で話してるところが瑛士らしい。
珍しくこんな話をしてくれたのは僕が少しだけど変わったから。
きっと今までの僕には頑張っていることなんて何もなかったから、こんな風に話をすることもなかったんだろう。
ちょっとだけだけど勇気を出して、まだ始めたばかりだけど生徒会も頑張っているから。
いつもと違う話も瑛士が僕の頑張りを認めてくれているからだと思うと嬉しくなる。
明日、僕も頑張ろう。
翌日――。
突然、降りだした雨。
濡れて重くなった服。
頑張ってみようって思ってた。
少しずつだけど変わっていけるかもって思ってたんだ。
どこで間違えたんだろう。
青かった空はいつの間にか雲に覆われていて、僕の心と同じように暗くどんよりとしている。
視界の端で雨粒が髪を流れ落ちるのが見えた。
濡れて纏まった髪。
いつもより開けた視界。
僕を世界から隔てていた帳は既にその機能を果てしてはいない。
「お前が――――――――――」
ねぇ?
優しい世界なんて、本当はどこにもなかったのかな。
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