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「お…おも、重…いっ…」
ゴールデンウィーク三日目。
僕は大きめのランチボックスに大量のお弁当を詰めて学校へ来ていた。
用意したお弁当は四人分。
高校生男子が三人居ることを考えてかなり多めに作ったとはいえ、ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。
調子に乗りついでに、家にあったティーポットとティーカップ五客も持ってきてしまった。
腕が千切れるレベルの重さに、調子に乗った朝の僕を恨みたくなる。
「ちょ…っと、きゅ、けい…」
今日のお弁当の後には紅茶がいいかなって思ったけど、別の日に持ってくればよかったと今更後悔する。
重いとはいえ食べ物を地面に置く気になれず、膝に抱え込んで座っていると頭上から声が降ってきた。
「ゆず?」
声の方を振り返ると、心配そうに覗き込む一瀬先輩が居た。
「どうしたの? 具合悪い?」
「あ…ちがっ…。 あの、ちょっと…きゅ、けい…です」
真剣に心配してくれてる様子にただ荷物が重いだけとは言えなくて、おまけに昨日大泣きしたことまで思い出して恥ずかしくなる。
「ちょっと休憩? じゃあ、休憩終わったら一緒に行こうか~」
特に気にした様子もなくいつも通り笑う先輩を見てほっとする。
――瞬間、膝の上から重みがなくなった。
「わっ、これは重いね。 こんなに作ってきてくれたの~?」
「あ…それ、ティーポット、も…入ってる、です」
「ティーポット?」
「紅茶、置いてあったから…」
「いつも使ってるのじゃダメなんだ?」
「あれは、急須です」
「ふう~ん」
この人頭は良いはずなのに料理に関する知識だけごっそり抜けている気がする。
重いと言ったくせに取り上げた袋を片手で軽々と持っている先輩をそっと見上げると「そろそろ行く?」と反対の手を差し出された。
目の前に差し出されたそれを深く考えもせず掴むと、思わぬ強さで引き上げられてバランスを崩してしまった。
「わっ…」
「あぶなっ…。 ――お弁当よりゆずの方が軽い気がする…」
そんなはずはない。
咄嗟に受け止められたのは先輩の腕の中で、昨日散々お世話になった場所だ。
たった一日で妙に居心地良くなってしまったそこは立つと目線の高さが丁度先輩の肩の辺りになる。
純粋に背の高さを羨ましいと思う気持ちと、羨む以上に感じる安心感に思考を奪われる。
「ゆず?」
「あ、ごめんなさい。 ちょっと…ぼーっとしてました」
「…ドキッとかそーゆーあれじゃないのね~。 ん~、とりあえず行こっか~」
「? はい」
よく分からないまま返事をしたら「何でもないよ」と、大きな手にくしゃっと前髪を撫でられた。
開いた帳の隙間から覗くと、細められた薄茶色の瞳と視線が絡む。
――先輩は今日も優しいままだ。
「先輩。 唐揚げ、ちゃんと入れてきましたよ」
「うわぁ…ここで笑っちゃうんだぁ~…」
嬉しくなって、先輩が好きだと言っていたおかずを入れてきたことを報告したら天を仰がれた。
そんなに好きだったんだろうか。
「先輩?」
「あ~…うん、ありがと~。 他には何作ってくれたの?」
「ん~…、開けるまでのお楽しみです」
ゴールデンウィーク中も熱心に活動している運動部の掛け声が響き渡る道を、先輩とお弁当のおかず当てをしながら校舎に向かう。
グラウンドではサッカー部がボールを追いかけ、外周を道着を着た集団が走っている。
きっとこの人達は高校生活を部活動で青春して過ごすのだろう。
僕はどうかな――。
高校三年間を振り返った時、一生懸命生徒会を頑張りましたって言えるかな。
昇降口で上履きに履き替え、階段を上り渡り廊下を渡ったその先の部屋。
学校がお休みだと、廊下も教室も普段と違って見える。
「はい、どうぞ~」
結局生徒会室までお弁当を持たせてしまい、その上ドアまで開けてくれた。
「すいません、重かったですよね」
「大丈夫、大丈夫~」
「ありがとうございます。 あのっ、すぐお茶淹れますね」
「さっそくティーポットの出番?」
「あっ、そうですね。 紅茶、淹れますね」
「うんうん。 よろしくね~」
「ちょっと、入口で二人の世界作ってないで挨拶くらいしてよねー!」
パーテーションの向こうから吉川先輩がひょこっと顔を出した。
パソコンの前には水嶋会長も居て、慌てて姿勢を正す。
「み、水嶋会長、吉川先輩、あ…あの、きの…昨日は、先に帰ってしまい、申し訳…」
「そっちの挨拶じゃなーい!! 人に会ったら挨拶! 基本でしょ?」
昨日先に帰ってしまったことをお詫びしろ、という意味かと思い口にした台詞は途中で止められてしまった。
「あの…おはよう、ございます」
「うん、おはよう」
「おはようございます」
改めてした挨拶は求められていたものだったようで、にこやかに受け入れられる。
生徒会の先輩は本当に優しい人たちばかりだ。
「それより。 ちゃんと私のリクエストは入れてくれたんでしょうね?」
「えっと、グラタン…入れました」
「よろしいっ♡」
「俺の頼んだツナマヨおにぎりは入ってますか?」
「あっきー、折角のリクエストがそれ!?」
「いいじゃないですか…。 おにぎり、好きなんですよ」
「あの…ちゃんと、持ってきました」
水島会長のリクエストを聞いたときは遠慮されてるのかと思ったが、どうやら本当に好物らしい。
おにぎり全般何でも好きなんだそうだ。
持ってきたティーポットを一度漱ぎ、お湯を沸かす。
いつもの煎茶の後ろから紅茶の缶を取り出しお茶を淹れる準備は万端。
ごはんのお供だからお砂糖やミルクは無しのストレートティー。
沸騰したてのお湯でお茶を淹れたら、みんなのお腹も準備万端に整った。
「それでは、第1回生徒会親睦会を開催しま~す!」
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