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「ゆず、ゆず。 開けていい?」  生徒会室の応接テーブルの上。  三段重ねのランチボックスを前にウキウキしているのを隠しもせずに一瀬先輩が聞いてきた。 「…どうぞ。 お口に合えば良いんですけど」 「ふふっ。 では、オープ~ン♪」  昨日、河川敷の橋の下から出た時既に雨は上がっていて、ずぶ濡れな上に大泣きをしたせいで目が真っ赤になっていた僕を先輩は家まで送ってくれた。  送って頂いたのだからお茶でも、と中へ誘ったけど「学校で後処理があるから」と丁重にお断りされてしまい、おまけに三つも約束を置いて帰った。  直ぐにお風呂に入って温まること  目はちゃんと冷やすこと  お風呂から出て落ち着いたら最初に連絡すること  約束を二つまで果たした時、急に現実を振り返っていたたまれなくなった。  高校生男子が泣きわめくとか迷惑以外の何物でもない。  おまけに先輩が学校に戻ったということは、本当なら僕も手伝わなければいけなかったはずだ。  三つ目の約束がなければそのまま引きこもりに戻りたい位にはいたたまれない思いだった。 「うわ~! 美味しそう~」 「うわっ、女子力高っ…」 「これはすごいですね」  だから、このお弁当はみんなへのお詫び。  それから、これからよろしくお願いしますという僕の気持ちを目一杯詰めて作ってきた。 「ゆず、ゆず!! 食べていいっ?」 「あっ、はい。 お好きに召し上がってください。 あ…割り箸、持ってきました」 「「「いただきます」」」  あ、こういうの嬉しいな。  声を揃えた挨拶でみんな思い思いに箸を伸ばしていく。  先輩はやっぱり唐揚げからなんですね。 「ゆず、これ! 唐揚げ2色になってるっ」 「はい。 醤油と塩で2種類作ってきました」  お弁当のメインは2色唐揚げ。  一つはいつも作っている醤油にニンニクと生姜で香り付けをした定番のもの。  もう一つは、酒と塩をベースにマヨネーズとニンニクで味付けをしたもの。  香り付けはバジルとレモン。  マヨネーズでしっとりジューシーなのにレモン味であっさり食べられるから、こってり系の醤油味とは一味違って飽きずに楽しめるのが魅力だ。 「ん~~~!! 王道とアレンジ!! どっちもどっち美味しい~」  先輩、本当に唐揚げ好きですね。  いつもよりテンション高めでビックリです。 「高梨くん、これはっ? マカロニグラタン?」 「あ、はい。 鳥とツナを他のメニューに使ってしまったので、鮭とブロッコリーにしてみました」  グラタンと言えばベシャメルソース。  小麦粉とたっぷりのバターをダマにならないようにしっかり練ってから少しずつ牛乳を加えて作ったソースはグラタンの要だ。  しんなりとするまで炒めた玉ねぎと茹でたマカロニにたっぷりのソースを絡め、鮭とブロッコリーと一緒に耐熱皿へ盛り付ける。 上からとろけるチーズ、粉チーズ、パン粉を少々振りかけたらオーブンできつね色になるまで焼いたら完成。 「美味しい…、何これ。 本当に美味しい…。 最近の男子高校生ってみんなこうなの…? 攻めの胃袋掴めちゃうじゃない。 お弁当男子、萌えだわ…」  吉川先輩、今日も日本語が難しいです。 「おにぎりを頂いても良いですか?」 「あっ、こっちの丸い方がツナマヨです。 三角のは梅おかかが入ってます」 「では、ツナマヨからいただきますね」  ツナマヨおにぎりは簡単。  油を切ったツナ缶をよくほぐして、マヨネーズとめんつゆで味付けをした具をおにぎりにするだけ。  一つだと寂しいので、叩いた梅干と鰹節に醤油を少々混ぜた梅おかかと二種類にしてみた。 「どう、ですか?」 「高梨くんはお料理上手ですね。 これならいつでもお嫁に行けますね」 「…僕、男です。 お口に合ったなら、良かったです」 「ゆず、これはな~に?」  唐揚げを堪能し終わった先輩がお弁当箱から黄色い塊を持ち上げる。 「スパニッシュオムレツです。 ケチャップをつけると美味しいですよ」  スパニッシュオムレツは残り物の材料を詰め込んで溶き卵と合えて焼くだけの簡単メニューだ。  今日は、茹でたジャガイモとグラタンの残りのブロッコリー、賽の目に切ったトマト、おにぎりの残りのツナ缶とたっぷりのチーズを入れてみた。  フライパンの形そのままに出来上がるから、お皿を使って上手くひっくり返すのが技の見せ所。  出来上がったら程よい大きさに切り分ければ完成だ。 「具沢山の卵焼き~! これも好き~」  良かった、気に入ってもらえたみたいだ。  あと、卵焼きじゃなくて一応オムレツなんですけどね。  まあ、似たような物ですよね。 「これは? カラフルで可愛い♡」 「ピクルスです。 箸休めになるかと思って…」 「うん。 甘酸っぱくて美味しい」  赤と黄色のパプリカ、きゅうり、レンコン、カリフラワーを程よいサイズに切り分け、熱湯消毒をしたガラス瓶に唐辛子と月桂樹の葉と一緒に詰め込む。  そこに酢、水、砂糖、塩を煮たたせて粗熱を取った調味液を流し入れて漬け込み、三時間位放置すれば完成。  一週間は保存できる優れものだ。 「そういえば、ゆずの好きな物はどれなの?」 「え?」 「あれ? みんなの好きな物食べて親睦を深める会じゃなかったっけ?」  聞いてませんよ、先輩…。 「いっちー、あなた唐揚げに現を抜かして趣旨を伝え忘れましたね?」 「あーあ。 一瀬くんのせいで高梨くんの好物食べ損ねちゃったー」 「えっ、あれ? ごめん、ゆず…」  そうなんだ。  そういう趣旨があったんだ。  ただ食べたいものを言われただけかと思ってた…。  ここぞとばかりに弄る水嶋会長と吉川先輩。  珍しくやり込められてる一瀬先輩。 「ふふっ。 先輩もうっかりすることがあるんですね」  でも先輩。  僕の好きな食べ物、お弁当箱に入らないのでどっちにしろ持ってこれなかったんです。  好きな食べ物はしゃぶしゃぶ。  みんなで囲んで食べれる鍋料理。  野菜もお肉もごはんも美味しく食べられるから、冬になるとよくやるんです。  それなら冬になったら鍋パーティーしよう、って吉川先輩が言って。  次はポチ先輩も来れるといいねって話になって。  鍋の出汁は何派かってバトルが繰り広げられて。  水嶋会長は色々辛口だって話と、一瀬先輩は色々甘口だって話で、吉川先輩はどっちも萌えるってまたよく分からない話になった。  食後に紅茶を入れ直して。  第一回生徒会親睦会は大成功で終わったんだ。  ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼  Side ... 「ねぇ、一瀬くん」 「うん~?」 「あの子、さっき笑ったわよね?」 「そうだねぇ~」 「水嶋くんも、見たわよね?」 「そうですねぇ」 「何あれっ! くっそかわいい!!!!」 「あーやん、口調」 「はしたないですよ」 「だってっ!! 笑ったら可愛いなんて、そんな王道萌え展開…こんな近くで見られると思わないじゃない…」 「ゆずはいつも可愛いよ」 「「ご馳走さまでしたー」」

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