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「せん…ぱいっ! でっ…でき…できたっ…、ですっ」
テスト最終日。
生徒会室のドアを勢い任せに開けて開口一番に報告したのは数学のテスト結果。
ついさっき終ったばかりのテストは結果こそまだ出ていないけれど、今までにはない自信がある。
何しろ先輩の予測はほぼ完璧で、しっかり覚えるようにと教えてもらった公式も反復練習で解きまくった問題も、テスト中にちゃんと思い出せてスラスラと解くことができた。
後はケアレスミスさえなければ、自己記録が更新できるのではないだろうかと淡い期待までしてしまっている。
「おぉっ?? どうした~、そんなに慌てて~」
SHRが終わるなり飛ぶように走って来たせいで乱れた息を整えていると、入口まで先輩が迎えに来てくれた。
途中の渡り廊下ではお決まりの「廊下は走らない!」をちょっと怖そうな先生に言われてしまうし、色んな意味で早鐘を打つ心臓はなかなか静まらない。
「す…すう…がく…のっ、…テス…」
「うんうん、ちゃんとできたんだ~?」
言い終わる前に察した先輩が言葉の先を続けてくれる。
こくこくと頷いていたら、急にふわりとした浮遊感に襲われた。
「!?!? …っ!!?」
まるで子供を抱き上げる時ように脇の下に手を差し込まれひょいっと持ち上げられる。
そのまま片腕で簡単に抱えられ、何事もなかったかのようにスタスタと部屋を横切りソファーに運ばれた。
「はい、深呼吸して~。 あれ? ゆず~??」
――イマノ、ナンデスカ?
びっくりし過ぎてフリーズする僕の前で、先輩が掌をヒラヒラとさせる。
「ゆず~? それ、深呼吸じゃなくて呼吸止まってるよ~」
「ハッ! あっ…はい、えっ?」
「あ、おかえり~。 テストできたんだ?」
「あっ! そうっ、あのっ、先輩がっ! 先輩に、あの、教えてもらったとこっ!! でたっ…ですっ!」
「そっかそっか~。 良かったね~」
わしゃわしゃと撫でながら盛大に褒めてくれる先輩に、まだ結果も出ていないのにそれだけで満足してしまう。
「先輩のおかげ、です」
「ん~、ゆずが頑張ったからだよ~」
「でもっ、先輩に教えてもらわなかったら、あんなに出来なかったですっ」
「そう~? 教えたところを一生懸命ゆずが勉強したからだよ~」
「あなた達、いつまでそうやってイチャイチャなさってるおつもりですか?」
先輩が、ゆずが、とお互いを褒めたたえあっていたら後ろから違う声がかかる。
振り返ると呆れ顔の水嶋会長がパーテーションの横に立っていた。
「あっきー、羨ましいからって邪魔しないでよ~」
「おや、やはりお邪魔でしたか。 ことが始まる前にと思ったのですが、大人しく見学してた方がよろしかったでしょうか?」
「見学はちょっとレベルが高いかな~。 今日は初デートだもんね~?」
いつもながら二人の会話はテンポが良すぎて、おまけに主語が抜けているので理解が追いつかない。
「…レベル?」
「ん~、それはまた今度ね~」
「高梨くんはそろそろ状況に違和感を感じて頂いてもよろしいですか?」
「へっ? …あっ!!」
水嶋会長の登場で頭の片隅に追いやられていた疑問を慌てて引っ張り出す。
抱えられたまま一緒に着席した場所はソファーだけど、僕が今居るのはソファーに座った先輩の上だ。
「せっ…先輩っ、おろして…」
「も~、せっかく話題すり替えたのに~」
すり替えた?
渋々といった様子で「ちょっとごめんね~」と僕の頭を一撫でしたあと、膝裏と腰に腕を回して再びひょいっと持ち上げたかと思うと、先輩の隣に移動させられた。
「初デートもまだなのに膝だっこですか」
「羨ましい~?」
「そういうのは、モノにしてからにしてください。 ほら、高梨くんがまたフリーズしてますよ」
「は~い。 ゆず、そろそろ行こうか~」
名前を呼ばれて見上げると、ソファーから立ち上がった先輩が手を差し延べていた。
そっと手を掴むとぐいっと力強く引き上げられ、先輩の胸元にぽすりと収まる。
「ゆず、お腹空いてる? 映画見る前にごはん食べよう~」
「ごはん、食べます」
「うんうん、何がいいかな~」
「あの、あんまり高くない所がいいです…」
「ん、じゃあとりあえず駅に出ようか~」
流石に数学のテスト前日にお弁当の用意をするような余裕はなかったから、必然的にお昼ごはんは外で食べることになる。
一応お小遣いは持ってきたとはいえ、映画代と交通費を考えれば節約したいところだ。
高くない所をすんなり了承してもらえてほっとする。
「あなた方はホントに…」
「はいはい~、イチャイチャは外でしますよ~」
「行ってきま~す」と水嶋会長の言葉に被せ気味で言った先輩に背中を押されて生徒会室を後にする。
廊下には来た時より少しだけ高く昇った太陽の光がが燦々と差していて、暑くもなく寒くもなく心地良い。
テスト期間は午前中だけで終わるので駅に着く頃にはちょうどお昼時になるだろう。
「ゆずは好き嫌い何かある~?」
「えっと、辛いの…苦手です」
「そっか~、じゃあ辛くないごはんにしようね~」
「はい。――せん、ぱいは…?」
管理棟から教室棟へと繋ぐ渡り廊下をゆっくりと並んで歩く。
聞いて良いものなのか分からなくてちょっと変な間が空いてしまったけど、ニコッと笑った先輩からはちゃんと答えが返ってきた。
「俺はね~、何でも食べれるよ~。 甘いものと唐揚げが好き~」
「甘いもの、ですか?」
「うんうん。 和菓子も洋菓子も、果物も好きだよ~」
「僕も好き、です。 …くだもの」
教室棟の階段を降りながら他愛もない話が続いていく。
ドキドキしながら質問を投げ掛けて、答えがちゃんと返ってくる安心感にもっと話をしていたいと思う。
先に一階に到着した先輩が階段の下で振り返った。
普段は身長差があるから見上げるばかりだけど、三段上にいると少しだけ先輩を見下ろせるみたいだ。
「ねぇ、ゆず。 折角だからゲームをしようか~」
「――ゲーム?」
折角デートだからねって、いたずらっぽい笑顔で楽しそうに提案してくる先輩につられてちょっとワクワクしながら一段、階段を降りる。
「ゆずのこともっと知りたいなって思ってね~。 ルールは簡単。 順番に質問して答えていくだけ~」
「しつもん、に答える…?」
「うんうん~。 聞かれたことにはちゃんと答えること、パスは一人三回までね~」
「どう?」と首をかしげる先輩にもう一段降りて近づく。
ノーなんて言えるわけがない。
僕も、先輩のこと、もっと知りたい――。
そう思って、最後の一段を踏み出した。
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