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「じゃあ、次の質問ね~」  学校の最寄駅から電車に乗り、映画館のある街に向かいながら先輩はどんどん質問を重ねていく。  好きな食べ物、好きな飲み物、好きな色、好きな季節、好きな…エトセトラ。  誕生日に血液型と身長、家族構成やペットなどなどそんな事を聞いてどうするんだというようなことまで質問された。  僕はといえば、先輩に聞かれた質問をひたすら鸚鵡返しに聞き返していた。  おかげで先輩は青色が好きなこと、4月生まれのO型で182センチもあること、三人兄弟でハムスターを飼ってることまで知ってしまった。  ハムスターの名前はハム吉さんらしい。 「そうだな~、ゆずが今食べたいものはなぁに~?」 「えっ…。 今、ですか?」 「うんうん、今~」  食べたいもの?  なんだろう? 「んと…、えっと… … …たまご?」 「ふはっ。 メニューじゃなくて食材できたか~」 「あっ、メニュー…! えっと…えと…」  思い浮かべた白くてツルリとした卵を割って、今の気分に合う調理方法ワタワタと考える。  頭の中のキッチンで棚を漁って取り出したのは挽肉と玉葱。 「――ハンバーグ…に、目玉焼き、乗ってるやつ…」 「半熟卵がとろ~ってするやつ~?」  先輩の“とろ~っ”で頭の中で目玉焼きがとろーっとハンバーグにかかるのを想像して、こくこくと頷く。  先輩の言い方、卵の半熟具合が絶対に絶妙なやつだった。  美味しそう。 「クスッ。 想像した? 食べたそうな顔してる~」  そんなに顔に出ていただろうか。  半分は前髪で隠れてるというのに、先輩はいつも僕の考えてることを解ってくれる。  いつもだったら“名探偵だから”と安易に考えて安心していたけど、実はそれって恥ずかしいことなんじゃないだろうか。  そう思えてきて何となく下を向いてしまう。  平日の電車は空いていて、車内には空いてる席もチラホラある。  立っている人は僕たちを除くと数人で、みんないくつかある扉の前に分散しているから僕たちの周りには誰も居ない。 「ゆず?」  ガタンゴトンと規則正しい音を響かせる車内はとても静かとは言い難いのに、何故か先輩の声だけがはっきりと届く。  半熟の目玉焼きよりもとろりとした声音で呼ばれた僕の名前は、名前の印象よりもずっと甘く聞こえた。  そろっと見上げて前髪の隙間からチラリと盗み見たら、声と同じ位とろりとした視線がこちらを見ていた。  先輩の視線はいつだって優しいのに、時々ドキッとさせられるのは何故だろう。 「せっ…先輩は? 先輩は何が食べたいですかっ?」  ドギマギした気持ちを払拭するように、再び鸚鵡返しに質問を返す。 「ん~そうだな~。 俺も卵かな~」  質問が鸚鵡返しなら答えまで鸚鵡返しなのかと思ったら、先輩が食べたいのは親子丼らしい。  鶏肉と玉葱を出汁の香るつゆで煮込んだ、とろ~り卵の親子丼だって。 「先輩、唐揚げじゃなくても鶏肉が好きなんですね」 「あ、そうかも~。 どっちも食べられるところ知ってるからお昼に行こうか~」  目玉焼きハンバーグと親子丼のお店?  それとも鶏肉屋さん? 「半熟、目玉焼き?」 「そう。 気になる? 先にチケット買ったら行こうか~」 「はい」  電車が到着したのはいつもの駅より少し大きな街。  駅から屋根伝いに行ける大きなショッピングモールの中には服や本を売ってるお店はもちろん、映画館、レストラン街、家電量販店や大型スーパーまで入っている。  地元駅から数分のこの駅に数年前に再開発で映画館が出来たと聞いてずっと気になっていたけど、実は来るのは初めてだったりする。  全然違う姿に変わった街にちょっとワクワクしながら改札を出て、北口から屋根伝いにデッキを渡り、憩いの広場を通り過ぎるとショッピングモールは直ぐ目の前にあった。  映画館は最上階。  映画のタイトルが並ぶ電光掲示板を見ながら相談して、お昼を食べても少し余裕のある回のチケットを購入した。 「お昼ごはん、駅の反対側だからちょっと歩くんだけどいいかな~?」 「はい」  ショッピングモールに入ってるようなレストランはちょっと高いから今日はファーストフードかなって思っていた。  それがちょっと歩くだけで美味しいものが食べられるのなら喜んで歩く。  来た道を戻って改札前を素通りし、反対側の南口を出ると再開発される前の懐かしい風景が残っていた。 「わっ。 変わってない…」 「こっち側は変わってないよね~。 ショッピングモールも便利だし好きだけど、こういう昔ながらの商店街があるとほっとしない?」  ここで産まれ育ったわけでも、こんな風景を見慣る時代に産まれたわけでもないのに不思議だよねって先輩は笑う。 「懐かしい気持ちになるの、何か、分かります」 「ノスタルジックな気分~?」 「はい。 小説とか、映画とかに出てくる全然知らない所でも、人が長く接してきたり大切にして来たことが分かるものはなんとなく温かく感じます」  物語に没頭すると、主人公の体験がまるで自分の体験や感情かのようにリンクする。  嬉しい時は嬉しくて、悲しい時は悲しい。  それがたとえお伽噺の世界の作り物でも、主人公が懐かしいと感じたら僕にとっても懐かしいのだ。 「ゆずは主人公に感情移入どころか同化して見てそうだよね~」 「…先輩、バカにしてますか?」 「まさか~。 それが一番純粋な楽しみ方だと思うよ~」  先輩は読みながら先の先まで想像したり、違う可能性を考えながら見るタイプらしい。  推理とか理論が張り巡らされた作品では、如何に早く真実に辿り着けるかが作家さんとの勝負みたいなもので、想像を覆す大どんでん返しがあるとさらに楽しいんだとか。  僕には出来ない楽しみ方だ。 「やっぱり、名探偵はいつの時代も変わり者なんですかね…」 「ん? ゆずこそちょっとバカにしてない~?」 「そんな事、ない…と思います」 「ちゃんと否定しないと、ゆずの目玉焼き俺が割っちゃうから~」 「なっ!! それ、一番楽しいとこじゃないですかっ! だめですっ! そんな事したら先輩の親子丼完熟卵にしてもらいますよっ!!」 「え~!? とろっと卵同盟早くも決裂…」  ――いつの間にそんな同盟作ったんですか。  ノスタルジックな商店街をワイワイ騒ぎながら辿り着いた先にあったのはワンコインランチのお店だった。  丼メニューがランチ限定で全品500円というびっくり価格。  和洋中入り交じった各種丼の中にはちゃんとハンバーグと半熟目玉焼きの乗ったロコモコ丼もあって、僕は迷わずそれを選んだけど先輩は最後まで唐揚げ丼と真剣に悩んでいた。 「先輩、意外と優柔不断…」 「ゆず、今日冷たい~」 「そんな事ないです。 …先輩、とろっと卵同盟、しましょ?」  そろそろお腹も空いてきたしと、メニューとにらめっこしていた先輩の顔を覗き込んでお願いしたらあっさり親子丼に決まった。  出てきた丼はどちらも500円とは思えないクオリティで、もちろん卵は半熟とろとろ。  先輩に割られる前にとさっさと卵を割ったら「ゆずは意外と男らしいよね」ってまたちょっと失礼なことを言われたけど、ごはんが美味しかったから許してあげることにした。

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