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お昼ごはんにとろっと卵を堪能して再びショッピングモールに戻った僕らは、映画の時間まであちこち見て回ることにした。
この街に来たのはもちろんだけど、地元のスーパーと本屋さん以外のお店に来るのは本当に久しぶりで、先輩の後にくっついて見て回るのは思いの外楽しかった。
どう考えても今日買うことはないだろうと思って入ったインテリアのお店でダイニングテーブルやキッチンカウンターに魅せられ、どこでかぶるのか分からないような帽子を売ってるお店で先輩のプチファッションショーを楽しみ、家電量販店では最新キッチン家電に釘付けになって笑われた。
「今度は何作ってるの~?」
「あっ! ごめんなさい。――ホットサンド、です」
どうやら僕は料理に関係する物を見ていると頭の中でどうやって使うか、何を作るか、と妄想する癖があるらしい。
さっきまで見ていた和食器のお店でも、お皿を眺めてぼーっとしている所を先輩に見つかり笑われたばかりだというのにまたやってしまった。
「ホットサンド?」
「食べたこと、ないですか? あの、暖かいサンドウィッチなんですけど、えっと…具を挟んでから、こう…ぎゅって押し付けて焼くので、パンと具がぎゅーって…」
「クスッ。 ぎゅーって?」
「…説明、下手ですみません」
美味しさを伝えたいのに上手く伝えられない。
先輩はあんなに難解な問題を簡単に分かりやすく教えてくれたというのに、僕にはホットサンド一つ説明できないなんてちょっと情けなくなってきた。
「大丈夫。 ちゃんと伝わったよ~?」
「そう、ですか?」
「うん。 まぁでも…俺には作れないし、いつかゆずが作ったのを食べさせてね~?」
「そうしたいのは山々なんですけど、学校に持って行くまでに冷めちゃいます…」
目の前のホットサンドメーカーがあれば色々作れそうだなと思いを馳せていたところだが、学校に持っていくまでにホットサンドはホットではなくなってしまう。
「うん。 だから“いつか”ね~」
「?? はい」
社交辞令だろうか。
曖昧に頷いた「約束ね」と言ってポンっと頭を撫でられた。
最近、撫でられる回数が前より増えてる気がする。
その後もあちこち見て回って「そろそろ行こうか~」と言われたのは上映開始の30分前。
15分前には入れるらしいので、移動時間を考えるとちょうど良いタイミングだ。
「ゆずは前作DVDで見たんだっけ~?」
「はい。 本当は映画館で観たかったんですけど、瑛士はこういうの見ないから一緒に行ってくれなくて…、でも一人はもっと無理だし…」
瑛士が好きなのはスカッとするアクション映画。
頭を使って見る映画は眠くなるからダメだって、僕の好きなファンタジーやミステリー、社会派の映画には付き合ってくれない。
「瑛士くんって、いつも一緒にいるお友達だよね?」
「あ、はい。 幼馴染みなんです…」
「あ~、だから仲良しなんだね~」
「仲良し、って言ったら“そんなことない”って言われると思います…」
「それはとっても仲良しってことだねぇ~」
そうなのだろうか。
仲良しなんていう甘い関係より、家族とか兄弟に近いような…。
でも、仲良し家族とか仲良し兄弟なんていうのもあるか。
仲良し、意外と奥が深いな。
映画館の入口に立っているお兄さんにチケットを渡して教えられた通りに進むと、重厚な扉が解放されたシアターに辿り着く。
扉の横にはイケメン俳優が胸に天秤の描かれたバッジを付け、依頼人と思われる女優さんと写ったポスターが貼られている。
いよいよ見られるのだとウキウキした気持ちで足を進めると、薄暗くひんやりとした空気の中で大きなスクリーンに映画の予告編が次々と流れていく。
チケットを確認しながら階段を上り、後ろよりの通路際の二席へ荷物を置くと「ちょっと見ててくれる?」と言って先輩が席を外した。
上映開始まで余裕はあるので軽く頷いて見送り、待っている間に前回までの復習をしておこうとスマホを取り出す。
この映画は、主人公の弁護士が依頼人の持ってきた事件の真相を探るために奔走する話だ。
原作では事件ごとに沢山の依頼人が出てきたり、同僚の弁護士、後輩、ライバル検事や裁判官等との人間関係がコミカルに描かれている。
また事件の真相を追うにつれて法の闇が垣間見えたり、一見関係のない出来事が事件に深く関わってきたりと、社会性に富んだストーリーと本格ミステリーな一面もあり笑いあり涙ありの人気作品だ。
この作品の主人公を演じるのが人気アイドルグループ、CROWNのアキラだ。
原作のある作品だと“キャラクターのイメージが…”などと批判されることが多い昨今には珍しく、ネットでも情報番組でも大好評を博した実力派だ。
芸能人やアイドルに全くと言っていいほど興味がなかった僕が、映画を見て以来アキラも主題歌を歌ったCROWNも大好きになりCDまで買ってしまったのだ。
「何真剣に見てるの~?」
「ひゃっ!!」
突然、首筋にヒヤっとした冷たさを感じる。
顔を上げると、映画館のロゴ入のドリンクカップとポップコーンを持った先輩が立っていた。
ヒヤっとの正体はドリンクらしい。
「ゆず、ポップコーン食べれる~? キャラメルとバターソルトでハーフ&ハーフにしちゃった~。 あとね~、こっちは烏龍茶と~ホットココア~」
「えっ? こんなに!?」
一番大きいサイズを買ったんじゃないかというビッグサイズの山盛りポップコーン。 こんなに山になってるのに零れていないのが逆にすごい。
映画館専用のトレーは椅子に付いてるドリンクホルダーと重なるようになっていて、二人の間で即席のテーブルの様になった。
「ドリンク、どっちが好き?」
「ココアはクリームも乗ってるよ~」と、両方を持ち上げて翳して見せる先輩はニコニコと楽しそうだ。
「えっ? えと…ココア?」
「ふふっ。 だと思った~。 はい、どうぞ~」
「ありがとうございます。 ――あっ、お金…」
「この位は出させて? 初デートだし、ね?」
そういえばデートだって言ってたっけ。
男同士でデートというのも謎だし、仮にデートだとしてどちらも男の場合どっちが出すとかっていうのはあるのだろうか?
先輩だから?
分からないけれど、楽しそうにしているのを見ると何となく断りにくい。
「あり…がとう、ございます」
「どういたしまして~」
差し出されたココアはひんやりとした部屋には丁度良い温かさで、ふーっと冷ましながら口を付けると甘い香りがいっぱいに広がった。
「美味しい、です」
ほっこりとした気分でもう一度お礼を言おうと振り向くと、クスッと笑いながら延びてきた手に優しく唇を擦られる。
「やるかな、とは思ったけど…付いてるよ?」
「あっ」と思った時には綺麗な指は先輩の口元に戻っていて、当然のようにペロリと舐められた。
「ごちそうさま」
さっきまでひんやりとしていた室内が一気に暑くなった――。
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