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「映画、面白かったね~」  およそ120分弱の映画は、あっと言う間に終わってしまった。  コミカルな展開とあっと驚く出来事がテンポ良く進み、ドキドキワクワクさせられた。  時には涙を誘うような場面や緊迫したシーンもあって、気が付いたらエンドロールが流れていた。 「すっごく、面白かったです」 「前作も良かったけど今回も原作に忠実だったし、アキラは相変わらず役にピッタリ嵌まってたね~」  まだ余韻で頭がぼーっとしている。  歌番組で見かけるクールな印象のアキラはどこにも居なくて、情熱的で事件解決に奔走する熱血弁護士そのものだった。 「ずっとハラハラしてたから、まだ心臓がドキドキしてます…」 「ゆず、見ながら百面相してたもんね~」 「えっ!?」 「前髪、横に流してるのも可愛いね」 「か、かわ…?」  「さすがに映画を見るには邪魔だった?」と手櫛で鋤くように撫でられる。  先輩、いつもより台詞が甘い気がするのはデートだからでしょうか。  エンドロールの流れるスクリーンは薄暗く、それでも先輩の綺麗な顔が分かるくらいには光が差している。  暗がりの中でもいつもよりはっきりとその姿が見えるのは、映画を見るために避けたままになってる前髪のせいで、こちらから見えているということは逆もまた然り。  映画に夢中で見られているなんて思っていなかった。 「あれ? また赤くなってる?」  館内ではCROWNの映画主題歌がサビのメロディーを切なく奏でていて、曲に合わせて僕の心臓まで切なく締め付けられる。  髪を耳に掛けるように流れた手が耳朶を擽るように動き、先輩の指先との温度差に嫌でも熱を持っているのを自覚させられた。 「――なってない、です」 「クスッ。 本当に?」  無意味に否定してみせるけど、温度差を感じたのは先輩も同じだろうからきっとバレバレだろう。  それでも“はい”なんてとても言えなくて、逃げるように下を向いたら一緒に降りてきた両手に頬を包まれた。 「こら、下向かない~」 「――や、です」  優しい手付きなのに何故か振り払えなくて、言葉と視線だけを必死で逃がす。  今日は何だか、何かがおかしい。  伸びてくる手や指先。  抱き上げたり抱き締めたりする腕。  甘やかすように囁かれる言葉。  舐められたクリーム。  その度に焦って。  それでも。  言われた言葉も、されたことも、嫌だったことはひとつもなくて。  だけどずっとドキドキしっぱなしで。  それなのに、もっと一緒に居たい――。 「ゆず?」  ハッと意識が浮上する。  逃がしていた視線が先輩の優しげな視線と絡み合う。  たったそれだけの事で心臓が跳ね上がり落ち着かなくなってしまった。  ――なんで…?  もうすぐ2番のサビも終わる。  この曲が終われば暗闇に紛れることもできなくなってしまう。 「――ちょっとは、意識してくれたのかな…」 「えっ?」 「ん。 なんでもないよ~」  こんなにドキドキしているのに、頬を包む手からも絡んだまま逸らされない視線からも逃げられない。  先輩の言葉の意味も僕の中で考えていたことの答えも分からな過ぎて、再び思考の海へ漕ぎ出そうとした時、コツンと額がぶつかり至近距離で視線が絡まった。 「せ…先輩っ?」 「ふふっ。 やっぱりちょっと熱くなってるね」  小さな子供の熱を計る時のように僕の額と先輩の額がくっついている。  子供じゃないとも、何でよりによってこの計り方なのかという突っ込みもできずにフリーズしてしまう。 「あの…えっと…」  間近で見る薄茶色の瞳はキャンディの様に甘くとろけそうで、それを長い睫毛が隙間なく縁取っているが分かる。  至近距離で見てもくすみ一つないきめ細かい肌。  バランス良く配置された鼻や口等のパーツ。  ミルクティー色の髪は僕と違ってサラサラで、正しくファンタジーに出てくる王子様のようだ。 「ドキドキ、してる?」  やっぱり、先輩にはお見通しですよね。  そうかなって思ってたけど、認めたくなくてほんの微かに、ほんの気持ちだけ頷いてみる。 「ん。 ドキドキするのは嫌?」 「――パスいち、です」 「ふはっ。 ここでパスかぁ~」  “はい”とも“いいえ”とも言えなくて、無理矢理返した返事は甚くお気に召したらしい。  笑いながらポンポンと頭を撫でて離れていく。 「ふふっ、いいよ。 3回までって約束だもんね」  いつの間にかエンドロールもCROWNの主題歌も終わっていて、少しずつ明るくなってくる。  平日の昼間で疎らだった客席は、映画本編の終了と同時に席を立った人の分、更に空席が増えてがらんとしていた。 「そろそろ行こうか~」  先に立ち上がった先輩が「帰ろう?」と手を差し出しながら笑っている。  出しされた手をそっと握ると、予想通りの力強さでグイッと引っ張り上げられ、先輩の腕の中にポスッと収まる。  ふわりと香るのは石鹸の匂いだろうか。  暖かくていい匂いのするこの場所は酷く落ち着く場所でもあり、落ち着かなくさせられる場所でもある。  相反する二つの感情の整理が上手くいかない。 こんな時は…。  帰ったら瑛士に聞いてみよう。 「先輩、CD見に行ってもいいですか?」 「ん? いいよ~。 何か買うの?」 「映画の主題歌、家でも聴きたいなって…。 まだ出てないですかね?」 「どうかな~? 見に行ってみようか~」 「はい」  映画館を出てひとつ下のフロアでCDショップを覗きながら、CROWNの誰が好きかとかどの曲が好きかって話で盛り上がって、「じゃあ、今度カラオケに行こうよ」って先輩が言うから「行ったことないです」って言ったら驚かれた。  その後も下らない話と質問を繰り返して、気付いたら約束がたくさん増えていた。  カラオケにボーリング、ビリヤードにダーツ。  DVD鑑賞会もしたいし、次の映画も見たい。  夏になったら夏祭り、冬になったら鍋パーティー。  とろっと卵同盟第二段に、僕の作った唐揚げもまた食べたいって。  電車に乗ってまた地元の駅に戻った時には太陽は既に沈んでしまっていて「遅くなっちゃったね」って、家まで送ってくれた。 「先輩のおうちはどちらなんですか?」 「うん? うちはね、駅の向こう側だよ~」 「えっ!? すっごい遠回りじゃないですか…」 「可愛いゆずに何かあったら心配だからね~」 「僕、男ですってば…」  今日何回目かの“可愛い”発言でデート仕様の甘い言葉にもそろそろ慣れてきた。  そんなことよりも先輩の帰りが大変なのでは、と逆に心配になる。 「もっと遠くの駅から通ってる人もいる位だし、駅の反対側までなんてなんてことないよ~」  それにね、って先輩が続けた言葉で悟る。  きっと、どれだけ一緒にいても慣れることなんて出来ないんだろう。 「少しでも長くゆずと一緒に居たかったから」  顔が熱い。  呼吸が苦しい。  心臓がぎゅっ、てされた――。

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