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木曜日の7時間目。
僕は今、如何にしてこの時間を乗り切るかを真剣に悩んでいる。
毎週木曜日のこの時間はLHRと時間割で決められており、クラスの決め事をすることが多い。
今日も例に漏れず学級会議が開かれていて、そのお題は“球技大会の種目決め”だ。
球技大会は5月末に毎年恒例で行われる年間行事の一つで、各種球技をクラス対抗で競い合うというもの。
球技は例年4種類用意され午前午後にそれぞれ一種目ずつ、一人二種目必ず参加することが義務付けられている。
この日ばかりは普通科も特進科もクラスの威信をかけて戦うことになるのだが、生憎僕にはクラスへ貢献しようという心意気もそれができるだけの技術も持ち合わせていない。
今年用意された種目は、バスケ、バレー、ソフトボール、テニスの4種類。
黒板にはでかでかとそれらの名称が間隔を開けて書かれているが、得意な種目が一つもない。
そもそも、得意なスポーツが一つもないのだから当然といえば当然の結果なのだけれど。
結果、ひっそりと存在を消していれば案外バレずにHRを終えられるんじゃないだろうかと真剣に画策しているというわけだ。
一生懸命まとめようとしてくれている委員長には申し訳ないけど…。
あとどの位隠れていればやり過ごせるだろ――。
チラリと窺った黒板の上の丸い時計の長針は、まだてっぺんより左側にいる。
――まだ半分も残ってる…。
楽しいことをしている時にはあっという間に感じられる時間も、後何分と指折り数えている時には何倍にも長く感じる。
早く動けと願っても進む速度は一向に変わらず、いっそのこと球技大会自体も通り過ぎてさっさと6月になってくれないだろうかと悩みは更に深刻化するばかりだ。
「やりたい種目が決まった人から黒板に名前を書いてくださーい。 定員オーバーした場合はじゃんけんで決めてもらいますからねー!」
なかなかメンバーが決まらず、ついには勝手に書くようにと丸投げした委員長の掛け声で各々席を立ち出す。
仲の良いグループに分かれて話し合う者、我先にと書きに向かう者、傍観する者…。
これ、名前書かなかったらばれるのかな…。
ひっそりとやり過ごす作戦を捨てきれずにいると、斜め後ろでガタンと椅子を引く音がした。
その席の主に助けを求めて振り返ろうと椅子を引く。
と、突然ぐわっと強引に帳が引き上げられ少し高めの明るい声が降ってきた。
「天パの根暗ちゃんはなんでプリンスに気に入られてるのかにゃー?」
――えっ、誰?
「…前髪上げたら可愛いとかどこの王道漫画だよ」
ぼそっとした声とともにチッと舌打ちのような音が聞こえた気がするが、飛び込んできた明るい髪色に目を奪われた。
更には目の前に飛び込んできた意思の強そうな大きな瞳が、澄んだ青い色をしているのに思わず見蕩れてしまう。
髪と瞳だけを見たらとても日本人とは思えない色合いだが、ハッキリとした顔立ちは限りなく日本人よりのもの。
どこか外国の血が混じっているのか可愛らしい雰囲気を醸し出しているが、校則違反で注意されるレベルに着崩ずされた制服が男の子であることを物語っている。
ただ、今はそんなことよりも…
「――はな、して…」
可愛らしい見た目に反して、強引に引き上げられた前髪は未だに彼の手の中。
せっかく下ろしていた帳が今や全開だ。
このままでは、隠れてHRをやり過ごすどころか誰かに見られてしまう。
どう、しよう――。
「麻男、手ぇ離してやって」
「瑛士…」
斜め後ろから助け舟を出してくれたのは瑛士で、それに応じるかのように彼の手が離される。
だけど…
麻男?
瑛士?
僕の心臓はどこかおかしいのだろうか。
また今日も何かに、ぎゅっと締め付けられている気がする――。
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