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「――お前、まだクラスメイトの名前と顔覚えてないだろ」
突然瑛士に図星を指された。
5月も半ば以上過ぎたというのに、実は顔と名前が一致するクラスメイトは瑛士と学級委員長だけしかいない。
しかも、委員長にいたっては名字だけしか覚えてないので“イインチョー”と言われて初めて顔が思い出せる程度の覚え方だ。
「あれだけ覚えろって言っておいたのに…」と呆れ顔をしている瑛士。
そういえば高校デビュープロジェクトが始まった時に言われたような気がしないでもない。
完全に聞き流していた。
僕がこの学校に来て覚えた生徒の名前は片手で足りる程度だ。
一瀬先輩と、水嶋会長に吉川先輩。
ポチ先輩…は、えっと、名前…なんだっけ…?
ポチ、ポチ…あ、犬飼先輩か。
それに委員長を入れると…ジャスト五人。
片手でピッタリだ。
瑛士に紹介された記念すべきシックスメンは、結城麻男(ゆうき あさお)くんと言うらしい。
瑛士と同じバスケ部だと説明されている横で意志の強そうな瞳が呆れたように細められていき、最後には暴言となって降りかかってきた。
「どんだけ周りに興味ないの。 天パちゃんは頭の中まで天然とか?」
かれこれ1ヶ月半はクラスメイトとして同じ教室で過ごしていた上に、これだけ目立つ容姿の彼に全く気付いていなかったのだから否定も出来ない。
おまけに出てくる言葉の毒舌っぷりが、可愛いらしい見た目とのギャップで正直怖い。
「ご…ごめん、なさい」
「ま、どーでもいいや。 それより根暗ちゃん、球技大会どれに出るか決まってる?」
天パちゃんとか根暗ちゃん、って…僕のことだろうか。
コンプレックスとも言える猫っ毛を揶揄されても、名前すら覚えていなかった僕の方が酷い気がして言い返すこともできない。
「えっと…、出ない…?」
「はあ? 天然じゃなくてバカなの? 決まってないならバレーとソフトね。 名前書いてこよーっと」
ルンルンとした足取りで机を避けながら、黒板に向かって歩いていく姿は天使の様に愛くるしい。
バスケ部なんて背の高いイケメンかむさ苦しいゴリラしか居ないと思っていた。
あんなに可愛らしい彼が瑛士と一緒にバスケをやっているなんて正直想像が付かない。
「お前の名前、勝手に書かれてるけどいいのか?」
「えっ!?」
ソフトボール 高梨 上原
バレーボール 結城 高梨
バスケットボール 結城 上原
黒板には意外にも達筆な文字で結城、高梨、上原と三人の名前が書かれている。
僕の名前、ちゃんと知っててくれたんだ…。
僕だけが名前を知らなかったことに改めて申し訳ない気持ちになる。
けれどこれでひっそりやり過ごす作戦の失敗は確定してしまった。
――うぅっ、気が重い…。
「ソフトとバレーか。 まぁ、無難なんじゃねぇ?」
確かに出る前提で考えたならばバスケットは論外。
テニスも個人競技なのに、ラケットにボールが当たらないとかお話にならない。
その点ソフトボールとバレーボールなら団体の中に紛れ込める。
まだマシ…むしろそれしかありえない。
「結城、くん? ちょっと怖いけど、僕を入れてくれるなんて親切な人なんだね…」
「ちゃっかりバスケからは省いてやがるけどな」
「僕はバスケ出来ないし…」
「あー…、そうじゃなくてな…」
「瑛士、余計なこと言うなよ」
戻ってきた結城くんが瑛士を睨み上げ、先の言葉を封じている。
余計なこと?
「…言わねーよ、ったく。 麻男、柚いじめんなよ」
「はあ? 心配性のパパかよっ」
「――カミヤンにバラすぞ、おい」
瑛士の一言が決め手になったのか、またしてもチッという舌打ちらしきものが聞こえた。
目の前では何の事だかさっぱり分からない話が繰り広げられている。
二人はただのクラスメイトで、バスケ部の仲間で。
けれどそれだけではなく仲が良さそうなのが、二人のやりとりから窺い知れる。
――何かちょっと、もやっとする…。
「天パちゃんはバスケ下手そうだからバレーにしておいてあげたから」
相変わらず何だか失礼な一言も入っている。
けれど事実なのでこれもまた否定できない。
おまけにソフトボールは一緒にしておいてくれたらしい。
一人で団体競技に臨むよりはよっぽど心強いか、と黒板に書かれた名前を見ながら納得させられた。
最初の印象は強烈で怖かったけど、本当は親切な人だったみたいだ。
ちゃんと知りもしないで人を判断するなんて、勿体ないことをしていたのかもしれない。
「あ…ありが、とう…」
「どういたしまして」
にっこりと花が咲くような笑顔で笑う天使。
――彼が可愛い顔した小悪魔だってことを僕はまだ知らない。
待ち望んでいたチャイムが今更鳴り響き、日直の号令で一日の終わりが告げられる。
球技大会のことを思うとそわそわするし、瑛士と結城くんにも何だかもやもやする。
おまけにこの後、生徒会で先輩に会うことを考えるとそれもまた心臓がぎゅっとなり落ち着かない。
最近本当にスッキリしないことが多くなってきた――。
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