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✡。:*Valentine Special Short Story*:。✡

―――Side 煌來――― 「ねぇ、ポチ。 今日何の日か知ってる?」  長い髪を指にくるくると絡ませ、気だるそうに机に頬杖を付いているのは我が校のプリンセスあるいはフェアリーと渾名される美貌の持ち主、吉川彩芽嬢その人だ。 「当然だよ、あーやん! 今日はバレンタインデーだよっ!!」  元気いっぱいに答えたのはプリンセスの下僕と呼び声高い、ポチこと犬飼遊助。  プリンセス…いや、もう便宜的お嬢様と呼ばせて頂こう。  お嬢様の足元にヤンキー座りでしゃがみこんでニコニコしている姿は、ご主人様に付き従う犬そのものだ。  だが…残念だな、ポチ。  お嬢様ご所望の答えはそれじゃないと思うんだよね~。 「はぁ…。 一番近くにいるポチまでこの体たらく…」 「あーやん、チョコくれるの!?」  あ、バカポチ~。 「あげるわけないでしょっ!?」  バァンと机を叩き、勢い良く立ち上がったお嬢様は上からポチを見下ろし…いや、見下した。  プリンセスやらフェアリーの名がつくに相応しい、どこぞの深窓の令嬢といった雰囲気のあーやんはとにかくモテる。  だが、残念ながら本人は“ご自身の”恋愛には全くと言っていいほど興味がない。  興味が無いイベントのせいでチョコを貰いたくて無駄に周りをうろうろしている男共に気が立っているようだ。  そこに、ポチのチョコレート発言…。 「バレンタインなんて、SSでチョコプレイを嗜んだり、チョコレート売り場にいる男の子見て妄想するくらいしか楽しみがないじゃないっ!」  ――ですよね~、そうなりますよね~。 「えぇ~!? 何怒ってるのさー…」 「ちょっと、一瀬くん。 ニヤニヤしながら眺めてないでよね。 その顔をしてるってことは、何が言いたいのか分かってるんでしょう!?」 「え~? その顔ってどんな顔~?」  ニヤニヤはしてなかったと思うんだけどな~。  まぁでも、あーやんが望んでいる答えと求めているものは恐らく当たっているだろう。  ただ、それをするには何というか…。 「一瀬くん」  ――あらら~。  どうやらお嬢様のターゲットがこっちに向いてしまったみたいだ。 「え~…ん~…今日はしょうがないかぁ~。 ――あっき~」 「…俺、ですか。 見返りは?」 「話が早くて助かる~。 ポチのおごりでディナ~」 「えっ!? オレ!?」 「ポチの財布じゃ心許ないですが…まぁ、いいでしょう」 「えぇぇぇぇーーー!? まぁよくないでしょー!?」 「お黙り、ポチ」  あ、ほんとにお嬢様っぽい。  お嬢様のお怒りをくらったポチは、お決まりの「あーやん、酷い…」を呟きながらお嬢様の足元でしょんぼりしている。 「ポチはおバカさんだねぇ~。 今日が何の日か本当にわからないの~?」 「 “煌來”、駄犬は放っておいて、頂いたチョコを持ってこっちに来てください」 「えっ!? 煌來!?! えっ?????」 「あっきー、ノリノリ~? ふふっ」  名前の呼び方までわざとらしく変えてみせたのは、あーやんの満足度を高めるための演出だろう。  今日もらったチョコレートが大量に入った紙袋から適当に一箱選んで取り出す。 「こちらへどうぞ?」  振り返ればソファーに悠然と座ったあっきーが、不敵な笑みを湛えて自分の膝上を示している。  あらま~、まさかのお膝抱っこのご指定~。  パーテーションの向こう側では、真ん中まで椅子を引きずってきた準備万端のお嬢様が携帯片手にキラキラとした瞳で見ているし、ポチは相変わらず頭の上にハテナを浮かべたまま隣にしゃがんでいる。  ――さて、どうしようかな~。  すんなりとやり込められるのは好きではない。  可愛いらしくラッピングされた箱の中には、お約束のような大きなハート型のチョコレート。  ふと思い至ってハートの端を咥える。  あっきーの右足の上に座わり、ついでに首に手を回してみせたらさりげなく腰を支えられた。  演出なのか素なのか、――イケメンか。 「一口、分けてください」  パキッ、と半分に欠けたハート。  先にやられた。  と思いきや至近距離に見える眉間に、どんどん皺が寄っていく。 「美味し~?」 「あっま…」 「ふはっ! だよねぇ~」  一口齧っただけで限界を迎えたあっきー。  手元には行き場を失った可哀想なチョコレート。  甘いものが苦手な激辛党が甘味代表のチョコレートが食べられるはずがない。  ――仕方ない、助けてあげるか~。  「あーん」とこれまたお約束に口を開けると、あっきーが齧った所をそのまま口に突っ込まれた。  弱ってたくせに色々な意味で一番効果的な方法を外さないところが流石あっきーだ。  まあ今更間接チュー位で反応する程子供じゃないし、生憎俺は甘党だ。  パリポリと食べ進め、お返しのばかりに最後にあっきーの指先までペロリと舐めてやった。 「ごちそうさま~」  ――ピロンッ♪ 「んふふ~♪ 二人とも最高♡ 持つべきはイケメンでノリがいい友人よね♡」 「いい絵が撮れたわ~」と喜ぶお嬢様はすっかりご機嫌も直ったようだ。  写真だけでなく動画も撮っていたようだけど、何に使われるのかは考えないでおく。 「あーーーーー!!! そっか!! 今日、あーやんのお誕生日だっ!!!」 「遅いわよ、ポチ」 「わーわーわー!! おめでとうっ!!! お祝いしなきゃーーー!!」  あっという間にお祭り騒ぎで、何食べたい、どこに行く、何したい、とキャンキャン騒ぎ立てる様はご主人にじゃれつく犬の如し。 「よしっ! オレ奢っちゃうよー!! お祝いしに行こうっ!!」 「ごちそうさまです。 丁度口直しがしたいと思っていたところなので助かります」 「えっ!?」 「ポチ、ごちそうさま~」 「えぇっーーー!?」 「煩いわよ、ポチ」 「そんなぁ…。 酷いよあーやん…」  いつも通りの生徒会室にいつものポチの嘆きが木霊する。  来年こそ、あーやんが作り物の愛なんかじゃなく、本物の愛に巡り会えますように。  Happy Valentine's Day   &  Happy Birthday Ayame♡

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