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 先輩に後押しされて繰り出した球技大会午前の部。  それなりのやる気を持って参加した僕は、あっさりと負けてしまった。  午前中の競技はバレーボール。  急造の白線が引かれたコートで瑛士と共に挑んだ試合は、運動全般が苦手な僕と似たり寄ったりな寄せ集めの集合体によるハチャメチャチームだった。  瑛士とバレー部員の二人で何とか繋げてくれたものの、バレー部のエースクラスが集まった敵チームに敢えなく惨敗。 「お前、珍しくやる気出してたじゃん」  試合終了後、ほんのちょっとしょんぼりしていたら珍しく瑛士が誉めてくれた。  追い付けなかったりまともに上げることも出来ない球もあったけど、必死に食らいつこうとしてたのは伝わっていたようだ。 「ご、ごめん…。 ちゃんと練習出ればよかったね…」 「気にすんな。 ハチャメチャチームで1セット取れただけすげーよ」  わしゃわしゃと豪快に撫でられ、ちょっとだけスポーツの楽しさが分かった気がする。  ほんっのちょこっとだけだけどね。  同じチームだったバレー部員くんも「ナイスガッツ!」と爽やかに肩を叩いて去っていった。 「負けちゃったのに…、いい人…」 「まぁ、目に見えて鈍くさそうな柚があれだけ走ってりゃな。 ククッ」  確かに無駄に走り回ってはいたけど、目に見えて鈍くさいとは何だ。  失礼な。 「テニスコートでプリンスが会場沸かせてるってよー」 「えー!? 王子による紳士のスポーツ? 超気になるー!」 「体育館ではバスケ部がめっちゃ活躍してるってー」 「あ、ななみんのクラスでしょー?」 「そうそう! カミヤンがめっちゃ気合い入れてたよー!」 「うわっ、どっち見に行こー!」  ――相変わらず話題になりやすい人だ。  通り掛かる生徒の話を聞いているだけで、どこで何をしているのか分かってしまう。 「見に行くか?」 「えっ!?」 「気になるんだろ? 付き合ってやるよ」 「でも…バスケ部の先輩の応援、しなくていいの?」 「しねぇ。 試合が見たいんじゃなくて一緒にやりてえんだよ。 部活でやるからいい」 「ふうん?」  さっき話題になっていたのが瑛士がずっと追いかけている先輩なのだろう。  「どうせ応援しなくても勝つしな」と自分の事のように俺様な物言いで言い切ってる所をみると、本当に尊敬しているのが窺い知れる。 「ほら、行くぞ」 「あ、うん」  瑛士と向かったテニスコートは遠目に見ても分かるほど人だかりが出来ていた。  ボールの行く先を追ってギャラリーの視線と頭が右に左にと振れている。  紳士淑女のスポーツと言われるだけあって、ラリーが続いている間はずっとシンとしていた。  が、突然ワッと声が上がったかと思うと何事かと思うほどの大騒ぎになり、先輩がブレイクショットを決めたことが伝わってくる。  ――先輩、さすがです。  人だかりの隙間が出来ているところからコートを覗くと、学校指定のジャージを着ているのにやたらと爽やかな先輩が見える。  長い腕で巧みにラケットを操り、ボール捌きで相手を翻弄する頭脳的なプレイ。  テニスの知識なんて、瑛士の部屋にあったテニスマンガで仕入れた情報しかない。  けれど先輩がやたらと上手いことだけは、点数の差から知ることが出来た。 「へぇ、ダブルスとは意外だな」 「へっ?」 「あ? ――お前、プリンス様しか見えてねえだろ」  瑛士に指摘されて改めて見ると、確かにコートには4人の選手が立っている。  先輩の正面にいる人がボールを高く放り投げ、斜め向かい側にサーブを打ち込む。  ボールの上がり際を叩いて打ち返し、相手も拾ってまた打ち返し、とラリーが続いていく。 「あれ、テニス部のダブルスの人か。 いつも組んでる人は別のクラスなんだな」 「どういうこと?」 「あ? あー…、プリンス様のクラス、テニス部が多いみてえだから勝てるように配置したんだろ」  普段からシングルスに慣れた選手はそのままにして、ペアがいないダブルスの選手と経験者の先輩を組ませることで出来るだけ多くの勝ちを狙いにいったんだろう、って。  なるほど、勝つための作戦というやつか。 「急造の割には息ぴったりだな。 プリンス様、マジで上手いんだな」  長く続いたラリーはどんどんテンポが速くなり、ネット際での戦いとなった。  前後左右に上手く振り分けて飛んで来るボールを、後ろに目でも付いているのか、あるいはテレパシーかというコンビネーションで打ち返していく。  息を吐かせぬラリーの末、最後は相手の隙を付いた先輩のドロップショットが綺麗に決まった。  ルールなんて分からなくてもプレイの凄さは伝わってくる。 「ふぁー…。 先輩、すごい…」  ハイタッチを交わし、肩を抱き合う二人。  次も同じようにラリーが続き、息の合ったプレイで点を重ねていく。  まるで普段からペアを組んでいるかのような息の合ったプレイに観客もどんどん沸いてくる。  程なく、決着の時は来た。  先輩チームがマッチポイントを取り、最後のボールが相手チームのコートを転がる。  ――ゲームセット。  ワッと今日一番の歓声があがり、拍手が沸き起こる。  チームメイトと顔を見合わせて笑う先輩。  相手チームとも握手をし、きちんと礼をしてコートを離れる。  あっという間に終わった試合。  ――だけど。  最初は純粋に応援していたはずだった。  途中から何故か、徐々にもやもやが襲ってきた。  何で…?  スゴイ、って思うのに。  おめでとうございます、って言いたいのに。 「柚?」 「――えっ? あ、もう行こっか…」 「…はぁ。 なんつー顔してんだか」 「顔…?」 「何でこれで気付かないんだか…」  医者には治せないと言われた僕の心臓。  いつものもやもやとぎゅー以外に、新しくツキンとした痛みまで連れてきた。  不治の病に思えるこの症状を、素人の僕がどうやって治せばいいと言うのだろう。

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