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午前中の試合結果は大半の生徒の予想通りで、会場を沸かせていた二つのチームは見事に優勝を決めていた。
一瀬先輩も瑛士の先輩も学園の人気者の名は伊達ではないようで、球技大会の盛り上げに一役も二役も買っているようだ。
間もなく午後の試合が始まる。
通り掛かりの女生徒の情報では、午後の見所は二つ。
一つは生徒会から二人、水嶋会長とポチ先輩が出場する二年男子のソフトボール。
特進科と普通科に通う二人はクラスが違うので必然的に敵同士になる。
二人のクラスが当たる試合は、“キング対クイーンの犬対決”と題して注目を集めているらしい。
もう一つは一年男子のバスケット。
“バスケ部期待の新星!! デビュー戦!”と仰々しい煽り文句で語られていたそれは、十中八九瑛士のことだろう。
夏休み前後で引退する三年生からの世代交代が始まり、近頃では各部の一年生が注目されはじめている。
中でもバスケ部は元々注目度が高く、今日の大会も期待の新星が出るとあって話題をさらっているようだ。
二つの試合はどちらも午後一番。
情報提供者たちがどちらに行くかときゃいきゃいしているのを横目に、僕はひっそりと体育館へ向かった。
注目の対戦と言われるだけあって、体育館は試合開始前から見学と応援の生徒でごった返していて、一階だけでなく二階のギャラリーにまで人が溢れ返っていた。
――うっ、人がいっぱいいる…。
帰りたい気持ちを圧し殺し、何とか確保した一番端の席で下を向いて始まるのを待つ。
「あっ! 出てきたっ!」
「ねえ、バスケ部の子ってどれー?」
「あれあれ!! 金髪の子と一緒にいる黒髪っ! 一番背が高い子!」
「えっ! ちょっ!! 普通にイケメンなんだけどっ!?」
「バスケ部、今年も顔面偏差値たっかいねー」
「あっ! 金髪ちゃんこっち向いた! えっ…何あれ天使なの!?」
「バスケ部に裏アイドルがいるって聞いたことあるけど…」
「「かっわいー…」」
最後の台詞、男の声が混ざっていたのは気のせいだろうか。
コートへと視線を下ろすと、瑛士と結城くんがウォームアップをしているのが見えた。
遠目では何を話しているかまでは聞こえないが、周囲を頻りに気にする結城くんを瑛士がどやしているようだ。
じゃれる二人を見ていると、またしてももやもやとしたものがやってくる気配を感じて慌てて首を振る。
このままじゃダメだ。
頑張るって約束したんだから…。
「あっ、ゆずみーっけ」
「ふぇっ!?」
突如名前を呼ばれ、顔をあげるとニコニコと楽しそうな先輩がこちらに向かってやってくるのが見える。
――先輩、大声で呼ぶからまた注目されてる…。
「ゆずは絶対この試合見るだろうなって思ってね~。 来ちゃった~」
「な…何でここ…場所…」
「端っこに行けばゆずに会えるかな~って」
「やっぱりいた」と嬉しそうに笑って隣に腰を下ろす先輩。
名探偵ぽややんの謎の推理力は今日も健在のようだ。
「試合、見に来たんですか? 知り合いとか…」
「誰も居ないんだけどね~。 ゆずと一緒に見ようかな~って。 さっき、テニスの試合見に来てくれてたでしょ~?」
「…っ!! き、気付いてたんですかっ?」
あの大人数のギャラリーの中に僕が居たことに気付いたというのだろうか。
テニスコート一週をぐるりと取り囲んでいたのに?
人混みの中、隙間を縫うように見てたのに?
「来てくれてありがとうね~」
頭を撫でながらお礼を言われると、午前中に感じたもやもやが少しなくなった気がする。
「先輩…かっこよかった、です」
「そう~? ゆずにそう言ってもらえると頑張った甲斐があるな~」
へへっと顔を見合わせていると周囲がワッと騒がしくなった。
コートではウォームアップを終えた選手達が各ポジションへと散らばって行くところで、間もなく試合が始まるようだ。
一番背の高い瑛士がコート中央に立ち、相手クラスの生徒と見合った所で審判役の先生が天井へ向けてボールを高々と放る。
ピーーーーーッ!
笛の音が鳴り響き、ワーっと応援の声が広がっていく。
そこから先はあっという間だった。
ジャンプした瑛士ともう一人の敵チームの選手が空中でボールを奪い合い、競りかった瑛士によって弾かれたボールがコート上へと落ちていく。
ボールの着地点にはちゃんとチームメイトが居て「いよいよ始まる」と思った次の瞬間にはボールを持った瑛士がコートを駆け抜けていた。
気付いた時にはボールは宙にあって、音もなくリングへと吸い込まれていく。
パサッ、とネットを揺らす小さな音が聞こえた。
直後、ドッと会場が沸き上がる。
大歓声に包まれる中、ゴールを決めた当の本人は我関せずと、チームメイトと軽く拳を合わせただけですぐに試合に戻っていく。
一体いつの間にボールを受け取ったのか。
試合を左右する先制点として、これ以上ないスタート。
期待の新星による、期待を裏切らないパフォーマンスに会場は益々盛り上がって行く。
「今のがいつも一緒にいるお友達~?」
「あっ、はい。」
「すごいねぇ。 あっという間に会場を味方にしちゃったよ~」
感心頻りといった様子で誉める先輩。
先輩だってとんでもなくすごい人なのに、そんな人に自分の幼馴染みが誉められたことが少し誇らしくなる。
コート中を走り回る瑛士、あまり動いていないように見えるのにここぞという所で3ポイントを決める結城くん。
点数が増える度にハイタッチやハグをして、絶好のタイミングでシュートを外した時には小突いたりど付き合ったりしてる。
たった2ヶ月。
もしかしたらそれよりも短い時間しか経っていないはずなのに、何年も一緒に居るかのような気安さだ。
――楽しそう、だなぁ…。
「ゆーず。 ここ、シワ寄ってるよ?」
徐々に復活したもやもやに何とも言えない気分で試合を見ていたら、突然先輩の指先が僕の眉間を突いた。
そのまま皺を伸ばすようにうりうりとされるが、一向に伸びる気配はない。
「クスッ。 ゆずは案外焼きもち妬きさんなんだね~」
――やき、もち?
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