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「やき、もち…?」
白熱する試合を応援する声が溢れる中、先輩ののほほんとした声だけが意味を持って頭に入ってくる。
けれど、入ってきた単語は理解出来てもそれが自分のこととして消化出来ずに疑問へと変わっていく。
「うん、違う~?」
「えっ…でも…、瑛士は友達、です」
友達で、幼馴染みで、男同士なのに…ヤキモチ?
確かにもやっとしたのは瑛士が結城くんと居た時だったけれど、そんなことあるのだろうか。
「やきもちは友達同士でもあるよ~。 友達どころか兄弟だってあるからね~。 お母さん取り合って喧嘩する子とか聞いたことない~?」
僕は一人っ子だからそういった経験はない。
でも親戚の叔母さんが「下の子が産まれてから上の子がやきもち妬いて赤ちゃん返りしちゃって…」って話をしているのを聞いたことがあるような気もする。
「でもっ…結城くんも、…お友達、です」
「ふふっ、そうだねぇ~。 でもゆずは、結城くん?よりも瑛士くんとの方が付き合いが長いでしょう?」
「…はい」
「ゆずの方が瑛士くんと仲良しなのに、って思わなかった?」
友達と言ってもいいのか憚られる様な曖昧な関係な彼と気付いた時には隣にいるのが当たり前だった瑛士。
――僕の方が仲良しなのに…?
言われたことを反芻して、自分の中のもやもやを辿っていく。
最初はそう、LHRの日だった。
瑛士が結城くんを「麻男」って呼んでいて、結城くんも瑛士のことを「瑛士」って呼び捨てにしていたあの時。
瑛士を呼び捨てにする人なんて今まで、僕以外には誰も居なかったのに、って思ったのを覚えている。
僕の知らない話をしてる時も。
二人が楽しそうにしてる時も。
ふざけあってる時でさえ、その気安さにもやもやとしたものを感じた。
今までは、僕が、そこに居たのに――。
そこまで考え着くと、ストンと心の中で何かが落ちた気がした。
「――やき、もち…」
「うん、違った~?」
「――違わない、です」
そっか。
僕、やきもち妬いてたんだ。
「瑛士くん、取られちゃうかもって思った?」
そう、かもしれない。
「僕の方が仲良しなのに、って?」
うん、思った気がする。
「もやもや~ってしてた?」
パッと顔を上げる。
何で、分かったんだろう――。
「クスッ。 眉間の皺、なくなってる」
わしゃわしゃっといつものように髪をかき混ぜるように撫でられ、最後にポンポンと軽く叩いて離れていく。
まるで新しい芸を覚えた犬を褒めるような仕草に、喜べばいいのか恥ずかしがればいいのか複雑な気持ちになる。
「僕、子供っぽいですね…。 友達なのに嫉妬とか…」
普通に考えたら友達は多いに越したことはない。
誰が一番、なんて順列を付けるよりみんなと仲良くできた方がいいだろう。
そう思って自己嫌悪に陥りかけた時、先輩からは全く違う反応が返って来た。
「そう? 少しくらいやきもち妬きな方が可愛いと思うけどね~」
「そんなこと…ない、です」
「まぁ、ゆずはそのままでも可愛いけどね?」
ドクンッ――。
もやもやとかぎゅーっとか、比じゃない位に心臓が跳ね上がり、自分でも分かるくらい顔に熱が集まっていく。
「…っ、あ…の、えっ…と――」
「ふふっ、真っ赤。 かーわいい」
王子様の様な笑顔で投げつけられた爆弾発言。
目の前にいるこの人は、一体僕をどうしようと言うのだろうか。
試合時間は残り僅か。
カウントダウンと共に盛り上がっていく会場。
チラリと見たスコアボードでは僕のクラスの勝ちが決まるまで秒読みといったところ。
――ごめん、瑛士。
応援どころか、途中からまともに見てもいなかった。
きっと先輩のさっきの言葉には他意なんかなくて、子供や小動物に向かって言う言葉と大差ないのだろう。
そんなことは分かってるんだ。
――分かってる、って自分に言い聞かせてるのも分かってる。
だけど。
瑛士に感じたもやもやがやきもちなのだとしたら。
僕が一番の友達で居たいっていう、気持ちの現れなのだとしたら。
――先輩と居る時の、この気持ちは…?
ずっと一緒に過ごしてきたわけでもない。
先輩は瑛士とは違う存在。
さっきの理論では説明がつかない。
先輩の一挙一動で跳ね上がる鼓動。
この気持ちには、何て名前を付ければ良いのだろう。
ピッ、ピッ、ピィ――――――
僕の思考を置き去りにしたまま、体育館に試合終了を告げる笛の音が響き渡った。
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