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瑛士の試合が終わった後、先輩とは別れてグラウンドで行われるソフトボールの試合に出場した。
団体競技とはいえ個人技も求められるスポーツ。
優秀な内野選手のおかげで外野の僕のところまで球が飛んで来ることはほとんどない。
それでも全く飛んで来ないなんてことはありえなくて、落下地点も飛距離も計れない僕は必要以上に走り回っていた。
守備はまだよかった。
球が飛んで来ること自体多くなかったし、落としても拾いさえすれば何とか繋げられる。
だけど、攻撃はそうもいかない。
小さい球に細いバット、正直当たる気がしない。
もう既に2回ほどバッターボックスに立ったけれど、どちらの回もどのタイミングで振れば当たるのかさっぱり分からないまま終わった。
毎回気付いた時には、ピッチャーが持っていたはずの球はキャッチャーのミットにしっかりと収まっているのだ。
球は打てない、フライも落とす。
本当に何も出来ない――。
「今日の天パちゃん、根暗に磨きが掛かってない?」
自陣のベンチで悶々としていたら、明るい髪が視界に飛び込んできた。
「ゆ…結城、くん…」
ついさっき勝手に彼に嫉妬心を覚えてしまった手前、なんとなく気まずい。
「何凹んでるの? フライ落としたから? 連続三振? それともプリンスにフラれちゃったー?」
フライを落としたのも連続三振も事実だが、こうもあっさりバッサリ言われるとグサッと刺さるものがある。
それでもちょこんと隣に座って大人しく様子を伺われているということは心配してくれてるのだろうか。
「取れない、のも…あるけど、バット…タイミング…が、分からなくて…。 先輩、は…――」
先輩のことを思い出しただけなのに、心臓がぎゅっとなる。
何だかどんどん悪化していってるような気がしてならない。
「ちょっと、本当にフラれちゃったわけ?」
「えっ!? ちがっ…。 フラれた、とか、じゃ…なくて、先輩なのに…やきもち…なんて、おかしい…から…」
「はぁ? 何言ってるか分かんないんだけど。 やきもちなんて誰にだって妬くし、興味がない人には妬かないでしょ」
結城くんが言うには、やきもちは誰かを独占したいとか、その人の一番でいたいっていう気持ち。
相手の立場や関係、付き合いの長さによらず誰にでもありえることなんだそうだ。
だから例えばそれが親や兄弟、友人でもありえるし、先生や先輩が相手でも、出会って間もなかったとしてもおかしくないのだという。
――そう、なのか。
だとしたら、僕が先輩といる時に感じるこの気持ちは――…。
「とにかく今は試合中!!」
「あっ…ごめ…」
思考が彼方へ飛びそうになった瞬間、結城くんの声に引き戻されて今が試合中だということを思い出した。
「下手なのは分かってたけどバットくらい振りなよね」
また下手って言われた。
本当に容赦がない。 おまけにボソッと「誘った俺の責任になる」とかなんとか聞こえた気がする。
「バット…いつ振ったらいいか、分からなくて…。 僕、の…せいで、負け…ちゃったら…」
「バカなの? ピッチャーが投げたらとりあえず振っとけばいいんだよ」
何だかんだと色々とアドバイスをくれる結城くん。
ピッチャーが投げたら振ればいい、当たったらラッキー位にしかみんな思ってないから、って。
――うん。 アドバイス、なんだよね?
「だいたい球技大会なんてお遊び、誰がやっても一緒でしょ。 誰も根暗ちゃんに期待なんかしてないし、優勝とかバスケバカの瑛士にまかせとけばー?」
結城くんの暴言の対象は僕だけではないらしい。
口は悪いけど、一応…いい人なんだよな。
試合はもう終盤。
もう少しで僕に打順が回ってくる。
「――バット、振って…みる」
結城くんに見送られて向かったバッターボックスは、今日三回目とはいえ緊張で足が震えそうだ。
よろしくお願いします、とペコリと頭を下げピッチャーを見る。
まだ、ボールは手の中。
投げたら振る、投げたら振る、投げたら――…
そこから先はほとんど覚えてない。
「走れっ!」っていう結城くんの声が聞こえて夢中で走りだした。
ワケが分からないまま次の選手が打席に立ち、またしても走れと言われて次の累へ。
あれよあれよという間にホームベースを踏んでいた。
「やるじゃんっ!!」
大騒ぎをするチームメイトを押し退けて、飛び付くようにやって来た結城くんが、僕の手を取り目の前でぴょこぴょこと跳ねている。
「えっ、と…。 僕、打てたの?」
「そんなわけないでしょ! 振り逃げ!」
「振り…逃げ?」
意気込んだところで、やろうとしてすぐに出来るはずもなく、ストライク2つまでは楽にカウントを取られてしまったらしい。
バッターボックスには前二打席見逃し三振の僕。
振るはずがないと高を括っていた僕のバットが目の前を掠め、驚いたキャッチャーがミットから球をこぼした。
結城くんの「走れ!」が聞こえたのはこの時。
続くバッターは1番から。
優秀な内野選手達は打率も優秀で、あっという間に僕をホームまで運んでくれた、というわけだ。
「ふぁー…。 みんなすごい…」
「何言ってんの? きっかけを作ったのは天パちゃんでしょ? こういう時くらいドヤ顔しとけば?」
――これは、誉めてくれてるのだろうか。
「あのっ…、結城くん…。 あり、がとう…」
「どういたしまして、ゆずるん!」
――ゆず…るん?
いつの間にか、天パちゃんでも根暗ちゃんでもなくなっている。
「何間抜けな顔してんの? 友達は名前で呼ぶのがふつーっしょ」
そ…そうなんだ。
「えっと…、麻男…くん」
「その呼び方やめて!」
え、どうしろというのだ。
たった今名前で呼べって言われたと思ったのだが。
名字もだめ、名前もだめとは、呼ぶなと言うことだろうか。
友達って難しい…。
「普通に呼び捨てにすればいいでしょ。 それか、特別に“あーちゃん”って可愛く呼んでくれてもいいよ♡」
片目を瞑って語尾にハートマークを付けて寄越された笑顔は、天使というより小悪魔のようで。
それでもとっても可愛いその男の子は、瑛士以外で初めての友達になった。
「あり、がとう…。 あーちゃん」
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