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――放課後。
球技大会の後処理を終わらせ生徒会室には僕と先輩だけが残っていた。
吉川先輩は部活、ポチ先輩はバイト。
水嶋会長は「お邪魔にならないうちに失礼しますね」と作業を終えて早々、ニヤニヤしながら帰っていった。
何の邪魔だろう。
僕のクラスの球技大会の結果は、大方の予想通り瑛士の参加したバスケットが優勝。
バレーやテニスは残念ながら惨敗。
そして、まさかのソフトボールで3位入賞という結果に終わった。
「へぇ~、3位! おめでとう~」
「結城く…じゃなくて、あ…あーちゃん…が友達は名前で呼ぶのが普通だって…それで、えっと…」
「ふふっ。 仲良くなれたんだ~?」
「は、はいっ! あの、ゆずるん…って、呼んでくれて…」
「ゆずるんにあーちゃん? 可愛いコンビだねぇ~」
「あ、あーちゃんは…あの、本当に可愛くて…それから、あのっ、すっごくいい人なんですっ!」
バットの振り方も、走るタイミングも、最終回ではフライを取る時も声をかけてくれた。
アドバイスを貰ったとはいえ、僕にできたのは精々足手まといならないようにすること位だったけれど、チームメイトと一緒に頑張れたことは達成感もあって凄く充実した気分だ。
「ふふっ。 よかったね~」
いいこいいこするように頭を撫でられ、また子供扱いされている気もしたけれど、頑張ったことを純粋に褒められて悪い気はしない。
思わず緩む頬を抑えてみたけど、嬉しさには敵わず笑みが溢れる。
「…へへっ」
「クスッ。 嬉しそうだねぇ~」
目を細めて微笑み返してくれる先輩。
だけど、突然その雰囲気が悪戯を思い付いた子供のようになる。
「それにしても、あんなに嫌がってたゆずが3位か~」
「あーちゃんのおかげ、です」
「ふぅ~ん? ゆずはにぶちんだから、デッドボールに当たらないかって心配してたんだよ~?」
――にぶちん?
「フライ取ろうとして頭に激突したりとか~」
「…僕、そこまで鈍くない、です」
…たぶん。
「進塁するのに逆走したりとか~」
「先輩…意地悪、です」
何で急に意地悪モードに変わったのだろうか。
表情を見ればからかってるだけなのは分かってるけれど、先輩はきっといっぱい褒めてくれるだろうって思っていたから急な変化に寂しくなる。
「それに…」
「も…いい、です」
思わず涙が零れそうになってそっぽを向く。
「ゆず?」
覗き込むようにして名前を呼ばれ、慌てて距離を空ける。
「ゆーず? 怒っちゃった?」
甘やかすような口調に絆されそうになるけど、また意地悪な言葉をかけられたら、と思うと振り返れない。
もうこのまま帰ってしまおうかと思い立ち上がった瞬間、後ろから伸びてきた腕にグイッと引き寄せられ、あっという間にソファーに逆戻りしてしまった。
「――ごめん、帰らないで?」
「…っ!!」
突然、耳元で聴こえた声。
「お願い」と囁きながら、宥めるように吹き込まれたその言葉は僕の心臓に甘い棘となって刺さる。
ソファーだと思った場所は先輩の膝の上で、逃げられないように後ろから抱き締められて動くこともできない。
「ゆず」
甘やかすようでいて、甘えるようなとろけそうな声音。
先輩が喋る度に耳に吐息がかかり、その熱さにクラクラする。
「ゆず、ドキドキしてる?」
ビクリ、と肩が跳ねる。
密着した身体から鼓動が伝わってしまったのだろうか。
自分の心音が煩すぎて、僕には先輩の鼓動まで分からない。
先輩の腕から逃れようと藻掻くと、逃がさないとでもいうかのようにますます腕に力を込められ密着度は増していく。
――このまま心臓が破裂するんじゃないだろうか。
「もう意地悪しないから、ね? ここに居て?」
ごめんね、怒らないで、お願い、と何度も囁かれる言葉。
その度に鼓膜に甘く低い声が木霊して、段々と力が抜けていってしまう。
「――も、いいです。 わかり、ましたから…」
遂には音を上げ、完全に身体から力を抜く。
――先輩、ずるい…。
「もう怒ってない?」
「怒って…ない、です」
「帰らない?」
「まだ…帰らない、です」
「俺のこと好き?」
「好き…――ふぇっ!?」
「あ、つられてくれなかった」
さっき意地悪しないと言ったばかりではなかっただろうか。
そして反省していたのではなかったのだろうか。
身体に力を入れ今度こそ帰ってしまおうかと思ったのに、再び耳元で囁かれた言葉に完全に脱力してしまう。
「ごめん、もうしない。 ちょっと、やきもち…」
やきもち――?
先輩が…?
一体何に妬いたと言うのだろうか。
やきもちはその人の一番になりたいって気持ちから来るものだってあーちゃんが言っていた。
「ゆず?」
「やきもち…は、一番になりたいからって…」
「そうだね。 ゆずの一番になれたら嬉しいな」
ドキッ、と心臓が跳ねる。
「僕の、一番…?」
「うん。 あーちゃん?が、ゆずの一番になっちゃうのかな~っ」
瑛士は兄弟みたいなものだから除いて、今までこの学校で僕と一番仲良しだったのは先輩だったでしょう、って。
先輩のテニスを見てた時に感じたもやっとしたもの、あれと同じだろうか。
先輩が、僕の知らない人と仲良くしていたこと。
テレパシーのように通じ合っていた心。
羨ましい、って思った。
「一番、仲良し…?」
「ん~…特別な仲良し、かな~」
――うん?
一番と特別はまた何か違うのだろうか。
「あ、まだそこまでではないのか~」
そこまで?
一番の仲良しにも種類があるのだろうか。
友達も、仲良しも難しい。
「何が、違う…ですか?」
「ん~、ゆっくり考えればいいよ~」
ちょっとがっかりしたような声音で先輩が呟く。
それが寂しくて、教えて下さいってねだったら「ゆずがもう少し大人になったらね」ってはぐらかされてしまった。
「でもね、ちょっとだけ…」
――ちゅっ。
耳元で聴こえたのは何の音だろか。
耳に触れた柔らかくて、温かい感触は――?
答えなんか分かりきっているのに頭と心が認めてくれない。
「もうちょっとだけ、意識してくれたら嬉しいな~」
振り返った先では、悪戯好きの王子様が満面の笑みを浮かべていた。
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