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50 ───Side 煌來───

 最近、後輩が可愛くて仕方がない。  この言い方だと少し語弊があるかもしれない。  ゆずはいつだって可愛いのだから、“最近特に”可愛くて仕方ないというのが正しいだろう。  例えばそう。  今目の前にいるゆずは、警戒心丸出しの小動物みたいに微動だにせず、耳まで真っ赤になって固まっている。  目の前っていうより膝の上なんだけど。  耳が赤いのもきっと、俺がキスをしたからなんだけど。  耳の後ろにちょこっとだけなんだけど。  そんなところも可愛い。 「ゆーず?」  わざと耳元に声を吹き込み、顔を覗き込んでみると金魚もびっくりの真っ赤っかっぷり。  さっきちょっと意地悪しちゃったから、焦げ茶の大きな瞳はうるうるしてるし…。  ちょっと…これは、ヤバいね。 「ふはっ。 真っ赤、可愛い」  あ、やばっ。  思わず本音が。  まるで、警戒心の強い仔猫を手懐けているような気分。  ちょっとずつ、ちょっとずつ、安全であることを確認しながら近寄ってきて。  だけど、こちらが構いすぎると毛並みを逆立てて逃げてしまうし、逆に構わなかったり他に興味を示すと焼きもちを妬く。  可愛くないわけがない。 「先輩…嘘つき、です。 もうしない、って言ったのに…」  ドキドキしてる時のゆずの癖。  付け足されるように後から“です”がついてくる。  ドキドキし過ぎて頭も口も回らなくなってしまうのだろうか。  そんなところも可愛い、としか言えない。 「ごめんね? でも意地悪じゃないから許して?」  すべては言わない。  きっと今、ゆずの頭の中では“意地悪じゃないなら何?”ってぐるぐる考えているだろう。  そうやって、ずっと俺のことだけ考えててくれればいい。 「――嘘、です」 「そんなことないよ~」 「そんなこと…ある、です。 み…み…みみ…耳っ…!」  み、って何回言うのかな?  みーみー鳴いてる仔猫みたい。  可愛い。 「クスッ。 耳、嫌だった?」  ずるい聞き方をしている自覚はある。  きっと嫌だったら赤くなる前に逃げるか泣くかしているはずだから、大人しく膝に乗ってる時点で拒絶はされていない。  実際逃げようとしたとしても、逃げきれるかどうかは別だけど。 「や…? えっ…嫌、じゃ…。えっ、でもっ…だって…」  嫌か嫌じゃないか、なら嫌ではない。  だけど、それがイコールで良いとか好きにはならない。 「ゆーず、こっち向いて?」 「えっ?」  後ろから抱き締めていた身体をクルリと回す。  さすがに自分の上に座らせてる状態では持ち上げられないから、右回りにクルリと横を向かせた。 「はい、この足こっちね。 ん、いい子」  180度回して膝を跨ぐように座らせたゆずは、大きな瞳も不安げな口許も紅潮した頬も全てが可愛い。  最近は目があっても酷く怯えることはなくなって、逆に甘えるような視線を送ってくることすらある。  今は一瞬合った視線を思いっきり外して下を向いてしまったけど。  旋毛見えてる、可愛い。 「ゆーず。 怒ってるの~?」 「怒ってない、です」 「じゃあ、どうして下向いちゃうの~?」 「――先輩、意地悪する…」 「嫌じゃなかったのに意地悪なの~?」 「うぅー…」  このままだと泣いてしまうだろうか。  だけど可愛くて、意識してくれているのが分かるのも嬉しくて。  本当に意地悪になってしまいそうだ。  そっと手を伸ばして、驚かさないようにゆっくりと頬を撫でる。  いつもより少し高い体温のすべすべの肌。  両手で包むように優しく上を向かせると、さっきよりもうるうるになった瞳にちょっとだけ睨まれた。 「困っちゃた?」  揺れて肯定を示す瞳。 「ゆずは俺と一緒に居るの嫌?」  少しだけ見開かれた瞳が、そんなわけないと否定をくれる。 「こうしてくっついているのは?」  視線が泳いでる。  嫌じゃない、というよりは好きなのかな。  目は口ほどにものを言う、とはこのことだ。  これで可愛がるなという方が無理だろう。  でも、そろそろゆずの声が聴きたい。 「ゆず、パスはあと2回だけだよ?」 「…っ!!」  拘束力なんて何もないただのゲーム。  デートの日にゆずが話しやすいように咄嗟に作ったルールは、規則やルールをきちんと守るゆずには効果覿面だった。  本当はあの日で終わった遊びだったけど、思いついて言ってみる。 「今日、楽しかった~?」 「…はい」 「約束のクレープ。 一緒に食べに行ってくれる~?」 「…行きたい、です」 「俺と一緒に居るのは楽しい~?」 「…はい」 「触るのは嫌~?」 「や…じゃない、です」 「キスは?」 「っ…、ぁ…ぅ…ゃ、じゃ…なかっ…た、です…」  物凄く小さな声で真っ赤になって返ってきた言葉は俺を調子に乗らせるには十分な台詞だった。 「じゃあ、またしてもいい?」 「ふぇっ…!?」 「嫌じゃなかったんでしょう? 駄目?」 「ダメ… … …じゃない、です」 「耳だけ? 髪は?」 「っ!? だ…だめ… …じゃ…ない、と…思う、です」  指は、額は、と質問をかさねる。 「ほっぺは?」 「――ダメ…じゃない、です」  まだ続くの? と視線が訴えてくる。  律儀に反応してくれるのが可愛いけど――。    仕方ない、そろそろ終わりにしてあげよう。 「じゃあ、最後ね。 口は?」  ほっとしたような表情が一瞬でボンッと真っ赤に染まる。  流れで“嫌じゃない”って言われたらその場で押し倒してしまいそうだけど、さすがにこれには“ダメ”が返ってくるのは想定してる。  長考したゆずが、真っ赤になって涙目でキッと睨みながら言った台詞は小さすぎて聞き取れなかった。 「――…、です」 「えっ?」 「――ぅー…パスに、です」  可愛さで悶え死ぬかと思った。  その場で押し倒さなかった俺を褒めて欲しい。  とりあえず、抱き締めて頬にキスをしたのはいうまでもない。

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