55 / 74

51

 名探偵ぽややんの事件簿~依頼人Eの悲劇・序章~  6月12日 16:38 「ではこれで、高梨くんは本日より正式に生徒会庶務へ就任となります。 大変だとは思いますが、引き続き副会長補佐と兼任でよろしくお願い致します」  6月に入り、今月何度目かの雨の降る放課後。  生徒会室には珍しく生徒会役員全員が揃っていて、各々作業に勤しんでいた。  お試し雇用をされてから全員揃うのも稀なら、全員揃って作業をしている現場に遭遇したのは初めてかしれない。  珍しいこともあるんだな…。  球技大会が終わった後、お試し雇用だった生徒会を正式にやらないかと先輩から誘ってもらい、先程正式に登録を済ませた。  僕が先輩たちの役に立てるのか正直自信はなかったけれど、先輩たちと活動するのはとても楽しくて、このまま辞めてしまいたくない、挑戦してみたいと思って「よろしくお願いします」と伝えたのが先週のこと。  そのまま先輩の推薦もあり、あっという間に正式採用をしてもらえることになった。 「は、はいっ。 よろしく、お願いしますっ」  ペコりと頭を下げると、それぞれからよろしく、と声がかかる。 「これで高梨くんも正式に生徒会の一員ね。 仲良くしましょうね、色々と♡」 「よろしく、高梨くん! …たかなしくん? ゆずるくん…? ゆず…うーん…」 「ポチ、気安く高梨くんのお名前を連呼してると、いっちーに抹殺されますよ?」 「抹殺っ!?」 「人聞きが悪いな~、精々暫く存在を無いものとする位だよ~」 「それも充分ひどいよっ!?」 「「ポチ、煩い」」  お決まりの台詞を吐きながら項垂れるポチ先輩。  何度目かのこのやり取りも、最早日常のものとなりつつある。  我が校の生徒会役員は年に一度、自薦他薦による出馬と選挙で決められる。  役員選挙は11月に行われ、そこでは生徒会長、副会長、会計、書記の4名のみが決められ、それ以外の役員補充は生徒会長に一任されているのだそうだ。  部活にも委員会にも所属していない僕が、入学から3ヶ月未満のこの時期に生徒会に就任できたのは先輩たちのおかげだろう。 「あの…。 至らない点も多いかと思いますが、よろしく…お願い、します」 「そんなに畏まらなくていいんだよ~。 ゆずは居てくれるだけで充分だからね ~」 「先輩…それ、正式に就任した意味ないです」 「ふふっ。 あとね、美味しいお茶も入れて欲しいな~」  残念ながら、お試し雇用の時と同様に正式に就任して最初のお仕事もお茶汲みらしい。  副会長補佐というのはやはりOLのことなのだろうか。  とはいえ、折角副会長様直々にご依頼頂いた初仕事、全力で取り組ませて頂きましょう。 「煎茶…で、いいですか?」 「私にもちょうだい」 「俺の分もお願いできますか?」 「オレもオレもー!!」  OLと言うより母親にでもなった気分だ。  最近気付いたのだが、生徒会のメンバーは基本的にやたらと能力の高い集団が揃っている。  “宵越しの金は持たない”ではないけれど、できる仕事は後回しにしないことと、適材適所に仕事を振り分けることを徹底しているため、仕事が後に残らず全員が一堂に会することがあまりない。  けれど、万能に見える程有能な生徒会メンバーには揃いも揃って残念な欠点があった。  家事が壊滅的に出来ないのだ。  中でも一瀬先輩は特に酷くて、お茶を初めとした料理全般は全滅、更には整理整頓をすると余計に散らかるという“散らかし魔”の称号持ち。  人間そうそう万能にはできていないらしい。  そんな彼らのために丁寧にお茶を淹れ、それぞれの元へと運んでいく。  会議スペース上座のデクスでパソコンに向かう水嶋会長。  隣でサポートをしているポチ先輩。  応接スペース奥側のソファーでは吉川先輩が目安箱に入れられた投書の仕分けをしている。  その向かいのソファーにいるのが一瀬先輩。  ファイリングされた書類を珍しく真剣な面持ちで確認している。  一人ずつお茶を配りに行くと、全員が手を止めてお礼を言ってくれる。  こういうところがいいな、って思うんだよね。 「ねぇ、水嶋くん。 なーんか、目安箱に気になる投書があるんだけど…」  んー、と唸りながら手元の用紙を眺める吉川先輩。 「気になる投書、ですか?」 「ええ。 似たような内容の投書が数枚あるのよ」  A5サイズと思われる用紙を数枚翳してヒラヒラと振ってみせ「見る?」と差し出す。  訝しげに眉根を寄せた水嶋会長がチラリと用紙を見やると、ポチ先輩が受取りに向かった。 「同じ方が何度も書いている可能性はないのですか?」 「私も最初そう思ったんだけど…明らかに筆跡が違うのがいくつかあるのよ。 少なくとも3人は被害者が居るってことになるわ」 「被害者!?」  ポチ先輩の叫びに生徒会室に異様な緊張感が走る。  僕の知る“被害者”は往々にして、大きな怪我をしたりほとんどの場合亡くなってしまった方を指すことが多い。  日常とは掛け離れた言葉に少し肌寒さを感じた。 「ゆず、おいで~」  お茶を配り終えた僕を先輩が呼んでくれる。  大人しく先輩の座るソファーの空きスペースへ座ると、さり気なく距離を詰めた先輩が苦笑しながら頭を撫でてくれる。 「クスッ。 被害者が居る事件は殺人事件だけがじゃないよ~? 」 「…あっ、そっか。 そうですよね…。 へへっ」  相変わらずの名探偵は、僕の思考の中の平和な学園に突如訪れた謎の連続殺人事件をあっという間に解決してしまった。  普通に考えたらそんなわけないのはすぐ分かることだけど、昨日読んだ推理小説に影響され過ぎたようだ。 「バカップルは置いておいて…被害者、とはおだやかではないですね?」  ――バカップル?  疑問に突っ込む間もなく話はトントンと進んでいく。 「正確には“被害”と言えるかどうかも微妙なところなんだけど…一応、盗難ってことになるのかしら?」 「盗難も充分穏やかではないですが…」 「何が盗まれたの~?」 「それが…盗まれたってわけではないのよ…」  盗まれてないのに、盗難事件?  本格的に降り出した雨が窓を叩き、梅雨の訪れを告げている。  ――新しい事件の始まりの予感がした。

ともだちにシェアしよう!