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名探偵ぽややんの事件簿~依頼人Eの悲劇・第一章~
6月13日 17:01
昨日降った雨の影もなく、日本全国晴れマークの付いた絶好の行楽日和である今日、3年生は修学旅行に出かけて行った。
一学年居ないだけで、いつもより校内が広く静かに感じられるなと思いながら過ごした一日。
そんな一日も間もなく終わりとなるのに、昨日と同じ席で昨日と同じように投書を確認していた吉川先輩が、昨日よりも悩ましげな雰囲気でポツリと呟いた。
「また今日も入ってる…。 一体何なのかしら」
雨も晴れも、修学旅行も関係なくやってくる生徒会業務。
普段は滞ることなく循環しているその業務が珍しく停滞していて、生徒会室には2日連続で全員が揃っていた。
「例の盗難事件ですか?」
「盗難風味事件だよ、亮! 盗まれてはいないんだからね!」
「食べてどうするんですか。 それを言うなら、盗難風事件でしょう」
「どっちでもいいわよ。 とにかく、そのなんちゃら風味事件の投書が今日も入ってたのよ」
なんちゃら風味事件?
盗難事件より文字数が増えている上に何の事件か余計に分かりにくくなっている。
「あーやん、昨日の帰りにも目安箱を覗いたって言ってたよね~?」
「えぇ。 バスケ部に寄った帰りに通りがかったからついでに覗いてみたけど、その時には何も入ってなかったわ」
「ってことは~、少なくとも今回の被害者は1・2年生、犯人も2年生の可能性が高そうだね~」
「「「えっ!?」」」
名探偵、出てくるのが早すぎやしませんか?
まだ序章に毛が生えた程度のタイミングだというのに突然の推理ショー始まりの予感に水嶋会長を除く全員の声が揃った。
「先輩、どういうことですか?」
「ん~? ゆずるん助手は興味深々だねぇ~」
――コンコンッ
ふふっと笑った先輩が「それはね~」と口を開こうとしたその時、入口のドアが控え目にノックされた。
「僕、出ます」
ソファーから立ち上がり、ノックと同じくらい控え目に返事を返しながらドアを開けると、黄色いネクタイをした青年が姿勢良く立っていた。
「――はい」
「突然お邪魔して申し訳ない。 2年の一瀬はここに来ているかな?」
ネクタイの色で僕が1年生なのは分かっただろうに、後輩に対しても丁寧に挨拶をするその人は、物腰の柔らかい見るからに人の良さそうな雰囲気を醸し出している。
「あれ? 凛ちゃんだ~」
「一瀬」
名前を呼ばれたのが聞こえたのか、先輩がこちらへやってきた。
軽く手を挙げて挨拶をするその人は、どうやら先輩の知り合いらしい。
道を開けて「どうぞ」と中へ促すと、すれ違い際にも「ありがとう」と微笑まれた。
「凛ちゃんが俺に用があるなんて珍しいね~。 何かあった~?」
「忙しい所申し訳ない。 ちょっと相談に乗って欲しいことがあったんだが…」
室内に漂う、若干どんよりとした空気を感じ取ったのだろう。
用があって来たはずなのに「出直そうか」と苦笑して帰ろうとするその人は、そこに居た全員に好印象を与えた。
「構わないわ、どうぞ座って?」
「いいのか? 作業の邪魔をして申し訳ない」
突然の来訪者へソファー席を譲る吉川先輩と、せっせと荷物を運ぶポチ先輩。
どうやら一瀬先輩の向い側を空けてくれるらしい。
「ここにいらっしゃったということは、いっちーに用事というより、生徒会副会長への用事なのでしょう? 」
「あ、あぁ。 悪いな、水嶋」
「放課後は解放しいてる場ですから、ご遠慮なさらずとも構いませんよ」
「ありがとう、助かるよ」
「それで、相談っていうのは何かな~?」
ソファーに腰掛けたその人の向かいに座り、さっそくというように用件を訊ねる一瀬先輩。
お茶を用意しながらも、僕の耳はそちらに意識が向いてしまう。
「実は…自意識過剰のようで言い難いんだが、最近誰かに追けられてる気がするんだ」
「追けられる?」
「あぁ。 授業中以外のほとんどの時間に視線を感じてな、最初は気にしてなかったんだが…」
「何かあった?」
「さっき、写真を撮られたみたいなんだ」
「ストーカー盗撮事件だ!!」
「「ポチ、煩い」ですよ」
さっきの一件で事件名を付ける楽しみを見出したらしいポチ先輩に容赦のない突っ込みが入る。
――実は僕も同じことを思ったなんて言えない。
新しくお湯を沸かし直して淹れたお茶をお客様から順に全員に配って回ると、またしても「ありがとう、頂きます」と丁寧にお礼を言われた。
本当にきちんとした人なんだな。
軽く会釈を返しそのまま席を離れようとすると、先輩が隣の席をポンポンと叩き「ゆずはここね」と微笑まれた。
一瀬先輩に相談に来ているのに同席するのはさすがに邪魔ではないだろうか。
「でも…」
「構わないよ。 良かったら君も一緒に聞いてくれるかな?」
遠慮するよりも早く声をかけられ、離れるタイミングを逃してしまう。
誘われているのを断る方が失礼かと、先輩と同じソファーのできるだけ端に座るとご丁寧に自己紹介をしてくれた。
「僕は円城寺凛(えんじょうじ りん)一瀬と同じ特進科の2年だ」
「高梨柚琉、です」
「俺のお気に入り。 手を出したら凛ちゃんでも許さないよ~?」
折角端に座った僕を真ん中まで引き寄せるように腰を抱き寄せ、とんでもない紹介をする先輩。
「先輩っ!」
「手を出すって…可愛い子だけど、男の子だろう?」
「ふふっ」
「――了解。 肝に銘じておくよ」
戯るように両手を挙げ、了承の意識を伝える円城寺先輩に、宜しいとでも言うように頷く一瀬先輩。
全然宜しくない…。
「それで、相談っていうのは犯人探し~?」
「あぁ。 見られてるだけなら放っておいても良かったんだが、部活中にシャッター音を響かせられてな…」
「なるほどね~、それは困ったちゃんだねぇ~」
――部活?
シャッターを切るような小さな音が気になる部活ってなんだろう…。
気になるけど初対面の人に訊ねる勇気はなくて、一瀬先輩のシャツをそっと引っ張る。
「――先輩」
「ん? あぁ、凛ちゃんは弓道部だよ~」
皆まで言うことなく答えが返ってきた。
さすが、名探偵。
「弓道は集中力を要求される競技でね。 特に矢を放つ瞬間がとても大切なんだけど、あろう事かそのタイミングで、ね…」
「ストーカーの風上にも置けない困ったちゃんだねぇ~」
ストーカー行為自体が困ったちゃんだと思うのだけど、何故そこは容認されているのだろうか。
「もちろん捕まえようとしたんだけどね、弓道場を横切る訳にもいかないし、大周りをしている間に居なくなってしまったんだよ」
しかし、その後もしばらくすると再びシャッター音が聞こえ、追いかける頃にはもう居ないというのを数度繰り返したそうだ。
部員をそこに配置することも考えたが、そもそもそちらを気にしている段階で集合出来ているとは言えない。
結果弓道部全員が困り果てている、ということらしい。
「依頼内容は捕獲と厳重注意かな~」
「あぁ。 忙しいようだが、頼めるだろうか?」
「もちろん」と笑顔で答える名探偵。
“なんちゃら風味事件”と“ストーカー盗撮事件”。
いつの時代も名探偵というのは事件を引き寄せるものなのか、せっかく晴れ渡った空とは裏腹に生徒会には徐々に暗雲立ち込める謎が持ち込まれる。
――しかし。
またしても謎が増えることになろうとは、この時はまだ誰も予想だにしていなかった。
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