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 名探偵ぽややんの事件簿~依頼人Eの悲劇・第三章~  同日 17:58 「うん、どうした~?」  隣に座る先輩に質問のお伺いをたてると、ニコリとした笑みとともに了承の返答が返ってきた。 「あの、さっき…犯人が2年生って…」 「あ! そうだよ、煌來!! なんちゃら風味事件、もう解決しちゃったの!?」  盗まれてはいない盗難事件の真相を、名探偵はもう突き止めているのだろうか。  無意識に期待の眼差しを向けると、苦笑した先輩にわしゃわしゃと髪を撫でられた。 「まさか~。 さすがにまだ犯人までは分からないよ~。 ゆずも期待し過ぎ~」  輪郭に添って降りて来た指先に、ぷにっと頬を抓られる。  ほんの一瞬で離されたそこは痛くも痒くもない。  それなのに包み込むようにした掌が、癒すように撫でてくれる。  全力で甘やかすその仕草はとても気持ちが良くて、まるで先輩の猫にでもなった気分だ。  今なら喉を撫でられた猫がグルグルと喉を鳴らしたくなる気持ちも分かる気がする。  僕の頬もふにゃんと力が抜けてそのまま目を瞑った。 「ちょっ…!! 煌來っ!!」  慌てたようなポチ先輩の声にパチっと目を開けると、さっきより少し近付いた先輩の顔が目の前で優しく微笑む。  ――先輩、睫毛長いな…。 「ド天然無自覚受け…」 「ふふっ、惜しかった~」 「私も残念だわ…。 ――さ、続きは今度お願いするとして。 話を戻すけど…2年生が犯人なのは間違いないの?」 「ん~、多分ね~」  惜しくない、破廉恥だ、風紀が、と項垂れるポチ先輩を差し置いて話はどんどん進んでいく。  名探偵ぽややんの推理ショーを見逃すわけにはいかないので、申し訳ないけどポチ先輩はそっとしておくことにする。 「先輩。 教えて、ください」 「うん? どうして2年生かってこと~?」  コクコクと頷くと、ポンポンっとふた撫でして離れた名探偵が指を二本立てて不敵な笑みをくれる。  あ、これ名探偵バージョンの顔。 「そうだね~。 ヒントは2つ、動機と時期、かな~」  それらしくヒントをくれる名探偵。  今回の事件、なんちゃら風味事件に犯人がいると仮定すると、その犯人は大きく分けて4つ。  1年生、2年生、3年生の生徒かもしくは教師。  更にこの件が盗難であると前提した場合の動機は、営利目的か悪戯あるいは嫌がらせ。  確かに盗難の理由なんてそれくらいしか思いつかない。 「では問題で~す。 この段階で真っ先に除外される犯人は誰でしょう~」 「――…先生?」 「せいか~い。 学校に持ってこれる様な物で営利目的で動く教師も、生徒に嫌がらせや悪戯をする教師もこの学校にはいないよね~」  絶対とは言いきれないけれど限りなく0に近い気はする。  というか、そんな先生いて欲しくない…。 「じゃあ次に被害者ね~。 事件が起こったのは…あーやん、いつ?」 「今年に入ってからよ。 4月の終わりから今日に掛けて複数件、少なくとも4件はあるわ」 「うん。 この4人の生徒が目安箱に投書を入れるとしたら、事件のどのタイミングでしょうか~?」 「しばらく待って出て来なかった時!!」 「ゆずは~?」  僕だったら…。  失くした物をまずは自分で探す。  学校に確実に持ってきていたのか、それとも家に置いてきてしまったのか、記憶と身辺を必死で探すだろう。  それでも見つからなかったら――。 「その日の帰り、か…次の日、です」 「うんうん、よっぽどのんびりさんでなければそうだと思うんだよね~」 「その理屈でいくと4件目の被害者から3年生は除外されますね」 「さすが、あっきー。 4件目の被害者は3年生ではないだろうね~」  昨日生徒会の後にバスケ部に寄った吉川先輩は、部室の鍵を職員室へ届けた帰りに目安箱を見て空であることを確認している。  バスケ部の終了時間は完全下校時刻である19時。  吉川先輩より遅く帰った生徒はいないに等しい。  となると、4件目の被害者は今日になって目安箱に入れたことになる。  3年生は修学旅行で沖縄の空の下。  つまり。  被害者は1・2年生のどちらかということになる。 「そこまでは分かるわ。 でも、犯人まで2年生って言うのはどういうことなの?」 「ん~、そこは状況的にね~」 「状況?」 「そう。 失くなってないのに盗難ってことは~、失くしたと思ったものが何らかの形で手元にはあると思うんだよね~。 後から戻ってきたか、あるいは入れ替わっているか…おそらく後者かな。 違う~?」  そうだ、そもそも“盗まれてないのに盗難”とはどういう意味なのだろう。  一瀬先輩が視線を送った先で吉川先輩が投書を広げて見せる。 「その通りよ。 被害者自身のものは失くなっているけど、物そのものは失くなってないのよ。 見る?」  差し出された数枚の紙を受け取り、一瀬先輩と一緒に広げて見る。  そこにはそれぞれの用紙に先輩が想像した通りの内容が書かれていた。 【半分使ったはずの消しゴムが新品になったり、削ったはずの鉛筆も伸びたような気がします。 学園七不思議でしょうか?】 【気付いたらペンケースが新しくなってた。 取り違えたのかと思ったけど周りに同じものを使っているやつがいない。 ないと困るから使い続けてるけど後から文句言われないか心配】 【壊れて音飛びしてたイヤホンが突然直りました。 よく見たら綺麗になってるし、親切な人にお礼が言いたいです♡】 「失くなって…は、いない…?」 「ええ。 もう1枚も読んでもらえるかしら」 「あ、はい…」  最後の1枚を受け取り読み上げる。 【亡くなった祖母に貰った指輪が別の人の物と入れ替わってしまったみたいです。 アクセサリーは校則で禁止されているので先生にも相談できません。 生徒会で内密に探して貰うことはできますか?】 「みんな盗まれたとは思ってないみたいなの。 でも、これだけ続くとなると…」 「意図的なものを感じるねぇ~」 「そうなのよ。 特に最後の1枚は放っておけないわ…」  文面通りに読めば入れ替わっただけ。  ただし、事件として深読みすれば“盗んだ後に同じ物を置いた”ということ。  だから、盗まれてないないけど盗難。 「でも先輩、状況的に…どうして2年生なんですか?」 「うん? あぁ、そこばっかりは根拠といよりは心理的なものなんだけどね~」  動機を営利目的とするならば、入れ替えている時点で単純な営利目的ではなくなる。  嫌がらせや悪戯とするならば、最初の事件が起こるまでのたった半月で、入学したばかりの1年生がこんな手の込んだ嫌がらせや悪戯を考えるとは思えない、ということらしい。 「なるほど、です」  4月末の自分を振り返ってみても、確かにそんなことを考える余裕は無かったように思う。  絶対と言えるものではないけれど、相変わらず名探偵の推理には納得させられるものがある。 「さて、事件概要が出揃った所で今後の方針を決めたいと思います」  水嶋会長の一言で全員が姿勢を正す。 「まず第1の事件、目安箱に入っていた情報だけが全てとは限りません。 同様の事件が他になかったか、投書を入れたと思われる人物、事件当時の状況などの詳細を2年生を中心に聞き込みを実施します。 あーやん、頼めますか?」 「任せて頂戴」 「次に第2の事件、弓道部には護衛を付けます。 ただし、明らかな護衛では犯人確保には至れません。 あくまでも秘密裏に、最終目的は捕縛と再発防止です。 ポチ、いけますね?」 「ラジャー!!」 「最後に第3の事件。 部費の不正利用は言語道断です。 該当団体は現地調査及び会計書類の洗い直しの後然るべき対処を。 書類の洗い直しは俺がやりましょう。 いっちー、高梨くんと行って頂けますか?」 「ゆず、部活見学デートだって~」 「先輩、違うと思います…」  生徒会長の名は伊達ではないのだろう、テキパキと適材適所に役割が振り分けていく。  抜かりない配置と手際の良さに、先輩達にかかればいとも簡単に解決してしまいそうな予感さえしてくる。 「期限は2日、さっさと片付けますよ」 「「「「了解!!」」」」

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