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名探偵ぽややんの事件簿~依頼人Eの悲劇・第五章~
6月14日 17:12
放課後、僕と先輩は生徒会による御用改よろしく映画研究部、通称“映研”へとやって来ていた。
突然来訪した僕達を迎えるべくドアを開けてくれたのは青いネクタイの男子生徒で、訪ねてきたのが生徒会学園のプリンス、一瀬副会長だと分かった瞬間のざわめきは凄まじいものだった。
対応に出てきてくれた彼の慌てぶりはもちろんのこと、室内では部員総動員で副会長を迎え入れるべくバタバタと部室を片付け始める始末。
事件捜査中なことも相まって、よもや映研まで黒なのかと疑ってしまうほどの勢いだったけれど、整理整頓どころか掃除機に雑巾まで持ち出して来た時には流石に杞憂だと気付いた。
「い、一瀬副会長様っ!!」
――様?
「ふふっ。 副会長様って、面と向かって言われたのは初めてだな~」
「もっ、申し訳ございませんっ!! こっ…この様な場所に如何用で御座いましょうかっ!?」
先輩、相変わらず人気者だな…。
時代劇よろしく対応しているその生徒は、一瀬先輩に憧れているのが人目で分かる程真っ赤な顔でカチコチになって話している。
「ちょっと見学させてもらいたいな~って思ってるんだけど、いいかな~?」
「左様で御座いましたかっ! 何なりとっ!!」
「ありがと~。 そんなに畏まらなくても大丈夫だよ~?」
「はっ!! お構いなくっ! ささっ、どうぞお入りくださいませっ! 庶務殿もささっ!」
「お邪魔しま~す」
僕のことを知っていたことに多少の驚きを覚えつつ、「失礼します」と先輩に倣って入ったそこはこじんまりとした部屋だった。
普通の教室の半分程度の広さで、壁一面分の棚に本やDVD等が所狭しと並べられている。
「ふぁ――…すごい…」
中央に四つ付けて置かれた会議机とパイプ椅子がいかにも研究部といった風体で、聞けば置いてある本は全て映画関連のものだと言う。
良くよく見れば映画に関するものは原作本だけでなく、コミックや関連書籍、サントラなどの音源まで揃っていて、壁にはポスター更には映画観賞用のテレビまで完備されている。
流石、研究部を名乗っているだけのことはある。
あちこちの棚に目移りしながらそこまで広くない室内を進んで行くと、先日先輩と見に行った映画の原作本も全巻綺麗に揃えられているのを見つけてしまった。
「先輩、せんぱいっ!!」
「ん~? どしたぁ~?」
「これっ!! これ…」
「あ~、この間見に行ったやつだね~」
「はいっ! 映画、とっても楽しかった、です」
「映画も良かったし、とろっと卵も美味しかったよね~。 クスッ…ゆずとお買い物も楽しかったな~」
思い出し笑いをしながらクスクス笑う先輩は、きっとあちこちのお店で妄想に耽っていた僕を思い出しているのだろう。
「…先輩、笑い過ぎ、です」
「クスクス、ごめんごめん。 あの時のゆず、食べ物に関係のある物の所で毎回立ち止まるから…。 後ろ向いて話しかけたら居ないし、ビックリしたよ~?」
確かに妄想に耽っていた時、気付くと先輩が居ないこともあった気がする。
初めてのウィンドウショッピングと楽しい妄想に浮かれてたけど、一緒にいた人が突然居なくなっていたらビックリするよね…。
「うっ…。 ごめん…なさい、です」
「ふふっ。 今度ははぐれないように手を繋いでいようか~?」
「ふぇっ!? ――それは…や、です。 恥ずかしい…」
「そう~? 俺とお出かけしたくない??」
「え…、それは…あの、えっと…したい、です…けど…」
「あのぉ~…。 お取込み中、大変申し訳ないのですが…その、見学というのは、その…どういったご用向きで…」
「あ、ごめんね~。 素晴らしいコレクションについ目移りしてしちゃった~」
あ。
映研の人すっかり忘れてた…。
「いえ、副店長様にお褒め頂き光栄ですっ! 存分にご鑑賞下さいませっ!! 僭越ながら私からご説明させて頂く事も出来ます故っ!!」
「ありがと~。 それじゃあ、いくつかお願いしようかな~?」
「はっ!!」
それから映研部員さんお勧めの作品をいくつかご紹介に預かり、サントラの試聴をさせて頂きながらお茶とクッキーでもてなされ、更には月に2回実施しているという視聴覚教室での映画鑑賞会にもご招待頂いた。
お茶とクッキーはわざわざ購買まで買いに行ってくれたらしい。
「色々ありがとうね~。 最後に1つ聞いてもいいかな~?」
「はっ!! なんなりとっ!!」
およそ30分位の時間が経ってから、徐ろに先輩が切り出した。
あまりの楽しさに忘れそうになって居たけど、本来の目的は見学ではなく調査だ。
「部活動費用使用報告書の“その他”って何に使ったのかな~って」
「はっ!! こちらのテレビにございますっ!!」
そう言ってビシッと彼が指し示したのは30インチ前後程のそこそこの大きさのテレビだ。
映画研究部という名称とそれなりに年季の入った雰囲気で違和感なく見ていたけど、このテレビが最近買ったものなのだろうか。
「ん~…リサイクルショップで買ったのかな?」
「左様にございますっ」
皆まで言うことなく察したらしい先輩は「なるほどね~」と納得顔だが僕にはさっぱりだ。
「…先輩?」
「ん? クスッ、そんな置いてけぼりにされたみたいな顔しないの~」
ツンツンとブレザーの裾を引っ張ると、振り返った先輩が苦笑しながら僕の頬を撫でた。
「可愛い顔が台無し、って言いたいところだけど、ゆずはそんな顔も可愛いから困っちゃうよね~」
「?? 先輩、テレビ…」
聞きたいことと違うことを話されて頭の中で“?”が踊っている。
「ふふっ。 助手ゆずるんくんは気になることがあると他に頭が回らなくなっちゃうからな~」
「副会長様も庶務殿のことになられると周りが見えなくなるご様子ですが…」
「ふはっ!! 上手いこと言うね~。 でも、“見えない”じゃなくて“気にしてない”かな~」
「左様でしたかっ!」
「??? 先輩、テレビっ…」
いつまで経っても説明して貰えず、僕の分からない話で盛り上がっている二人に若干語尾が強くなってしまった。
「ごめんごめん」と笑いながら謝られ、やっと説明して貰えた内容は実に呆気なく、映画研究部の疑惑はあっという間に晴れた。
代わりに、
“生徒会役員は好きなものにのめり込むと周りが気にならなくなる人の集まり”
と、まことしやかな噂が映画研究部から流れたとか流れなかったとか。
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