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名探偵ぽややんの事件簿~依頼人Eの悲劇・第七章~
6月14日 18:35
「それでは、パソコン部は収穫無しですか」
何度目かのノックの後、やっと開いたドアから出てきたのは、部外者の来訪を歓迎する雰囲気のまるでない生徒だった。
さすがに追い出されるようなことはなかったけれど、見学している僕らには終始見向きもせず、黙々と各々の作業に没頭し続けていた。
多くを語らない彼らから白か黒かを判別出来るような情報が出て来るはずもなく、問題の使途不明金について確認した時も“雑費”という回答。
その詳細を尋ねても知らぬ存ぜぬで、最終的には三年生がいないと分からないと言われてしまった。
「今のところはね~」
結果、雑費の詳細を修学旅行明けに生徒会に報告に来るように伝え退散してきたので、彼らの判定はグレーのままというわけだ。
完全下校まで残り僅か。
そろそろ部活動に勤しんでいた生徒達も片付けをして下校に差し掛かる時刻で、目に見える高さには既に太陽はなく、僅かに残した赤色も間も無く消えてしまうだろう。
「ハイハイ!! オレからも報告していい!?」
事件解決の手掛かりにならない報告に、どんよりとした空気が流れかけたのを止めるように勢いよく手が上がった。
「何よ、もうストーカー捕まえたの??」
「ううんっ! ストーカー盗撮事件は収穫なしだよ!!」
堂々と「収穫はなかった」と報告するところがポチ先輩らしい。
全員が思わず振り返るレベルには期待させられたのに、あっさりと裏切ってみせるところが流石だ。
「ちょっと! 期待しちゃったじゃない。 バカポチ」
「えっ!? ごめんね、あーやん!! そこそこ広範囲で網張ってたけど引っかからなかったから今日はストーキングはおやすみだったんだと思うよ!!」
「ストーカーをお休みするなんて、素人さんだねぇ~」
「いっちー、ストーカーの玄人は犯罪者です…」
「ふふっ、そっか~」
前にも思ったけどこの人達、ストーカーに寛大すぎやしないだろうか。
ストーカーは素人さんでもダメだと思うんだけど。
「ポチに期待した私がバカだったわ…。 水嶋くん、目安箱の方は収穫あったわよ」
「えっ!? 犯人分かったの、あーやん!?」
「バスケ部のマネージャー達に聞いてみたのよ。まさかと思ったんだけど…被害者が居たのよね」
ポチ先輩の質問を華麗にスルーし、事件解決につながる糸口とも言える報告をした吉川先輩。
マネージャーさんの中に被害者が居たということは、直接事件について聞けたということだろうか。
「あーやん、すごい!!」
「はいはい、ありがと」
身を乗り出して褒め称えるポチ先輩を苦笑しながら受け流す吉川先輩。
邪険に扱ってるようにも見えるけど、何だかんだと仲が良い姉弟みたいだ。
「残念ながら投書を入れた本人ではなかったんだけどね。 その子の周りに何人か被害者がいるらしくて、面白い話が聞けたのよ」
――面白い話?
「被害者にね、共通点があるんですって」
「共通点、ですか」
「なるほどね~」
「えっ!? どういうこと!?」
ニヤリと笑って応えたのは水嶋会長と一瀬先輩。
ポチ先輩と同じく僕の頭には「どういうこと?」とハテナが浮かんでいる。
「人の主観も入るから絶対的な共通点とは言い難いんだけど、これがこの事件の鍵に思えるのよね…」
「なるほど。 その線でしたか…」
「あ、あっきーも気付いた~?」
着々と進んでいってしまう会話について行けなくなった僕とポチ先輩は、顔を見合わて首を傾げてしまう。
先輩たちの思考が早すぎて全くついていけていない。
「…先ぱ――」
「ねぇ! どういうことっ!? 3人だけで納得してないで教えてよー!!」
あ、ポチ先輩とかぶっちゃった…。
「「ポチ煩い」ですよ」
振り向いた先輩たちが、僕と同じタイミングで声を上げたポチ先輩へいつも通りの突っ込みを入れている。
「酷い…」と項垂れる所まで鉄板の流れだ。
こういうタイミングの悪さは、今まで人とコミュニケーションを取ろうとしてこなかったツケなんだろうな。
「ゆず、どうした~?」
もう一度呼びかけようとした時、掻き消されてしまったはずの僕の呼び掛けに反応が返ってきた。
たったそれだけの事に心臓がドクリと音を立てる。
「あ、あの…」
「うんうん~…って、あれ? ゆず、顔少し赤い?」
「大丈夫?」と赤いと指摘された頬へ手が添えられ、クイッと上を向かせるように力を込められる。
ハラりと流れた帳の隙間から先輩の薄茶色の瞳と目が合った。
いつもはただただ蕩けそうに甘いその瞳が、少しだけ心配そうに揺れているように見えて目が離せない。
「――大、丈夫…です…」
「んん~? 疲れちゃった?」
ふるふると首を振って応えると、帳が閉ざされ先輩が見えなくなってしまう。
――――あ、れ…?
人と目が合うのは苦手だったはず。
視線が外れたことを残念に思う理由は無いはずだ。
さっきだって。
先輩は隣に居たから、近かったから僕に反応してくれただけ。
きっとそう。
だからいつもより心臓がうるさく鳴っていることに、理由なんて…何も、無い。
「ゆず?」
不思議そうな声音。
名前を呼ばれたことで再び高鳴る心音と、指摘された顔の熱さを誤魔化すように一歩後退る。
それなのに、閉ざされた帳の向こうから先輩の視線を感じていつまで経っても心臓が静まらない。
「だっ…大丈夫、ですっ!! それより…さ、さっきの、どういうこと…ですかっ?」
「本当に大丈夫?」と尚も問う声にコクコクと頷き、追求の手を逃れるように慌てて話の続きを促した。
このままじゃダメだ。
まずは事件解決、と自分自身に言い聞かせて思考を無理やり矯正する。
「ん。 このお話終わったら帰ろうね?」
最終確認とばかりに囁き、ポンポンっと軽く頭を叩いて離れていく先輩にコクリと頷く。
「イチャイチャタイムは終わったのかしら?」
「終わったようですよ。 さっさと片付けて帰りましょうか」
「つーづーきーーー!! 早く教えてよっ!!」
タイミングを測ったかのように先輩たちから声がかかる。
「あーやん、共通点というのは被害者の容姿でしょうか?」
「そうよ。 被害にあった子はみんな“可愛い”とか“美人”って言われるような子ばかりらしいわ。 一瀬くんは気付いてたのよね?」
「目的を考えたらそれしか思い浮かばなかっただけなんだけどね~」
「目的…?」
「目的というよりは、動機に近いかな~?」
事件を盗難と仮定した場合の動機は営利目的か嫌がらせ。
品物を入れ替えてるので単純な営利目的ではない。
嫌がらせをしたいのなら入れ替える必要はない。
それは一瀬先輩が推理していた事件の動機。
一見矛盾するその推論から導き出される動機とは?
「その“共通点”を持つ人物の私物を手に入れること」
事件の真相に一歩近付いた時、完全下校を告げる鐘が鳴り響いた。
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