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 名探偵ぽややんの事件簿~依頼人Eの悲劇・第八章~  6月15日 16:43 『煌來!! 今どこ!?』  完全下校の鐘に阻まれ、名探偵による推理ショーの延期が決まったのが昨日のこと。  落ち着かない気持ちで一晩を過ごし、寝不足気味の頭で何とか授業をこなしてやっと訪れた放課後。  残された新聞部の調査中に、事件は大きな動きを見せていた。  電話越しに聞こえてくるのはポチ先輩の声。  いつもよりも早口で喋る声が緊迫感を伝えてくる。 「新聞部だよ~」  返答する一瀬先輩の声も少しだけ、ぽややんとした中にいつもより緊迫した空気が漂っているように感じる。  ちょっと珍しい。 『ストーカー発見した!!』  どうやらストーカー盗撮事件の犯人追跡の真っ只中らしい。  走っているのか切迫した声が聞こえてくる。 「手伝い、いる~?」 『平気!! そっちに逃げ込むかもしれないからしばらくそこにいてっ!! ついでに部室からは誰も出さないようによろしくっ!!』 「らじゃ~♪」  プッ、という電子音が聞こえて通話が終了したことを知る。 「先輩?」  通話の終った携帯を握り少し考える素振りを見せた先輩に声を掛けると、腰を折って視線を合わせられた。  小さい子にするようなその仕草も、先輩がすると許せてしまうのは何故だろう。 「ゆず、しばらくお口チャックしててもらってもいい~? 後で説明してあげるから、ね?」  言われた内容すらも子供向けのそれだったが、シーというジェスチャーに首を傾げるおまけ付きでお願いされたら頷くしかない。  口を押さえてコクコクと頷くと蕩けるような笑顔を向けられた。 「ん、いいこ~。 俺の傍からも離れないようにね~」  コクリ、と条件反射で首が動く。 「ん、可愛い。 ずっとだよ~」  うん?  コクリと再び頷きそうになった首が途中で傾く。  ――ずっと? 「さて、と~。 ポチが来る前にこっちも話を進めておかないと、ね?」  お口チャック中のため疑問を口に出すことは叶わず、「ね?」と言いながら振り返った先輩がそこに並ぶ部員達に視線を移した。  視線の先では男子生徒が4人、会議机を2つ並べて作られた作業用の台を囲って座っている。  ネクタイの色は全員が黄色、2年生だ。  3年生は修学旅行中だとしても、1年生まで一人も居ない。 「さっきから言ってるだろ。 うちは新聞部だ。 新聞を作るためには取材もするし、必要に応じて生徒の写真を撮ることだってある。 それには色々と費用もかかる」  学校新聞のバックナンバーが貼られた新聞部らしいこの部屋で、リーダー格の生徒がさも当然とばかりに答えた。  彼の言う通りこのやり取りはポチ先輩から電話が入る前から何度かしている。  疑惑があるからこそ追求をしているというのに、開き直ったかのような態度もその言い分も曲げるつもりはなさそうだ。  壁際にある棚には何冊ものファイルが年代順に並べられていて、ここが歴史ある部活動であることが見て取れる。  生徒会内での心証がすこぶる悪かったので気にしていなかったけれど、きちんとした活動実績もあったらしい。 「山盛りのコレは新聞用の資料ってこと~? これ 、全部? 雑費はぜ~んぶ、コレに費やしたの?」  コレ、と言われ問題になっているもの。  それは彼らの前に山のように積まれ、散らばっている大量の写真だ。  一体何枚あるのか、散らかったその状態で文字通り山になっているところを見ると、その数は100や200どころではなさそうだ。 「部費の使用報告書に書いた通りだ。 写真は新聞のために撮ったのだから必要経費だ。 ただの資料だからな、雑費だろう?」  彼らの言う通りここは新聞部で、学内の出来事を新聞にする活動をしている彼らが校内で撮影した写真を持っている事自体はなんらおかしなことではない。  山程ある写真も新聞を作るためだと言われてしまえば、活動内容も部費の使用用途も正当だということになる。  しかもこれだけ大量の写真…。  使途不明となっていた金額が全て写真代だと言われてしまったら納得せざるを得ない程の量。  黒と疑っていた新聞部が無実となると、部費横領事件は事件ですらなかったということになる。  名探偵ぽややんの勘が外れた…?  名探偵の推理は絶対じゃなかったのだろうか…。  ――先輩。  そう声をかけそうになった時、ポンっと背中を叩かれた。  あ、お口チャック…。  無言のまま伝えられた意志を尊重すべくキュッと口を結ぶと、「いい子」と言う代わりのようにポンポンっと再び背中を叩いて離れていく。 「では、それが新聞部としての正式報告と受け取ってよろしいですか?」 「ああ」 「それ以外に雑費の用途に心当たりは?」 「ないな」  いつものぽややん口調を副会長らしいものに改めた先輩に、勝利を確信した彼らの口元が少しずつ緩んでいく。  何かがおかしいと感じるのにこのまま引き下がるしかないのだろうか。  山のように積まれた写真。  撮られた写真の使われていない新聞。  開き直ったかのような彼らの態度。  どれもこれもが怪しく見えるのに、状況証拠だけでは事件だと確定するのに決定力に欠ける。  例えばそれが、特定の生徒の写真ばかりであっても。  例えばそれが、視線の合っていない写真ばかりであっても。  そして例えばそこに、依頼人の写真があったとしても。  あれ…?  どうしてここに凛先輩の写真が――?  ダダダダダダダダ……  バァァァァァンッ!!!!!  突然、静寂を切り裂くように音が響いた。  驚いて咄嗟に隣に居る先輩のシャツを掴むと、宥めるように腰に手を回される。  勢い任せに扉を開け走り込んで来たのは“新聞部”の腕章を付けた生徒。  カメラを首から下げたその見た目と、勝手知ったる態度でズカズカと入ってきたところを見るとどうやら新聞部の部員らしい。  部屋の様子など目に入らない程焦っているのか、何事かをブツブツと呟きながら部屋を横切ろうとした彼にリーダー格が声を張り上げた。 「おいっ!!!」 「やられたっ…! 生徒会の犬が――」 「おいっ!! 聞いてるのかっ!? 来客中だっ!!!」  二度目の呼び掛けでハッとこちらを見た後、冷静さを取り戻そうとするかのように教室内を見回す。  新聞部と僕達を何度か見やり、最終的に斜め下へと視線を落とした彼に先輩が問いかけた。 「生徒会の犬、が…何かな~?」 「あぁ、いや…失言だった、すまない」  明らかに挙動不審な様子。  彼が来てから落ち着かなくなった部員達。  シーンと気まずい空気が教室内を満たしていく。  何――…? 「煌來ー!! あ、いたいた!」  訪れかけた静寂を破ったのは、ガラリと開いた扉から場にそぐわぬ笑顔を覗かせたポチ先輩だった。

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