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 名探偵ぽややんの事件簿~依頼人Eの悲劇・第九章~  6月15日 17:00  部活動に勤しんでいるであろう学生たちの掛け声が響く室内は、8人も人が居るとは思えない程シンと静まり返り、中央に佇んだ彼の心境が伝播したかのように居心地の悪い空気が流れていた。 「あっ! いたいたっ!!ストーカー君!!!」  静寂が支配したのはほんの一瞬で、入口から覗き込んだポチ先輩が張り上げた声によってあっという間に部屋の中に騒々しさが舞い込んでくる。  指差されたのは直前に入り込んできた“新聞部”の腕章を付けカメラを下げた、ポチ先輩曰くストーカーくん。  ネクタイが黄色だからストーカー先輩かな。 「なっ!! 俺はストーカーじゃねぇっ!!!」  リーダー格の制止と先輩からの有無を言わさぬ問いかけに追い詰められていたストーカ先輩が、ポチ先輩に食って掛かる。 「オレ見たからねっ! 凛ちゃんの写真撮ってたでしょっ!!」 「凛、ちゃん…だと…? あ、いや…きゅ、弓道部を撮ってたんだよっ!! 新聞部なんだから当然だろっ! ほらっ、腕章もしてんだろうがっ!」  新聞部と赤地に白文字で書かれた腕章をズイっと見せつけながら言うストーカー先輩。  確かにそれを付けていたなら活動中だった可能性も捨てきれない。  が、不自然な程の吃り具合には怪しさしか感じられないのだが。 「ならなんでコソコソ撮ってたのさ! 教室出てから部活棟行くまでずっと着けてたの見てたからねっ!!」 「知らねぇよ!! 人違いじゃねぇのかっ!?」 「なら何で逃げたのさっ!」 「んなの、追いかけられたら誰だって逃げるだろ!」 「じゃあ追いかけないから、そのカメラ見せてよ!」 「はぁ!? いやだねっ!!」  カメラを指差され、隠すように後ろに回したその態度が怪しさを助長させている。  ストーカー先輩、迂闊ですか。 「違うなら何撮ってたのか見せてよ!」 「断るっ!!」  ぎゃんぎゃんと喚くストーカー先輩。  さっきまでの神妙な態度はどこへいったのか、ポチ先輩だけでも賑やかなのに「見せろ」「断る」の応酬は、賑やかを通り越して若干煩い。  ついには追いかけっこ状態で部屋の中をグルグルと周り始める始末。  流石に止めた方が良いのではと、握ったままになっていたシャツをツンと引いて先輩を見上げる。 「大丈夫。 ポチに任せておこうね~」  ふふっと、笑顔を返してきた先輩。  名探偵には僕の思考だけでなく騒動の結末も見えているのだろうか。 「何も無いならさっさと見せればいいのに!」 「執拗い! 嫌だってんだろ!! 何なんだよさっきから!! お前の方がストーカーじゃねぇかっ!」 「いい加減諦めなよ! ――あーもう…なんか、そろそろ飽きてきちゃったなぁ…」 「なら帰れっ!!」 「帰らない…――」  次の瞬間。 「――よっ、と…」  いつの間にか、ポチ先輩がストーカー先輩の後ろに居てカメラを奪っていた。 「――なっ!! かえ…っ!?!?!」  一瞬遅れたストーカー先輩。  気付いてカメラに手を伸ばし「返せ」と叫んだはずの声が驚きに消えた。 「えっ?」 「お~、さすがポチ~」  お口チャックの約束も忘れて思わず声を出してしまった。  今の、何??  奪ったカメラを掲げたポチ先輩に、一瞬遅れたストーカー先輩が取り返そうと腕を伸ばした。  しかし目的を掴むことは叶わず、気付いた時には仕掛けたはずのストーカー先輩の方が腕を捕まれて床へうつ伏せに寝転んでいた。 「せっ、先輩っ!? 今っ、くるって…!! ポチ先輩っ、くるって!!」 「珍し~、ゆずが興奮してる~。 可愛い~」  手元のシャツをツンツン引っ張り、どうなったのか教えて欲しいとアピールしてもニコニコ笑うばかりの先輩。  名探偵のくせにこんな時だけ怠慢だ。 「ポチ先輩、今のっ!! くるって!! 何ですかっ?」  “くるっ”てなって、“ふわっ”てなってた。  答えてくれない先輩にアピールするのを諦めてターゲットをポチ先輩にしたけれど、僕の語彙力ほんとどこ行ったの。  あ、元から無い? 「あははっ! ホントに元気だっ! でも、大したことはしてないよー!」  「大したことない」と言いながら説明されたそれは、合気道の技術で“腕を裏返して肘関節を取ってうつ伏せに抑えただけ”なんだって。  その言葉にするとやたら堅苦しくなる一連の動きは、僕にはクルクルと舞っているようにしか見えなかった。  いつもは水嶋会長や吉川先輩のサポートに専念しているポチ先輩だけど、実はすごい人だったみたい。  能ある鷹は爪を隠す、って本当なんだな。 「ポチ先輩、すご、かった……です」 「そうっ? ありがとっ!」 「ふふっ。 ゆず、可愛いからいいんだけど…シャツ、引っ張り過ぎ~」  気付けばツンツンどころかガッツリとシャツを鷲掴み、先輩越しにポチ先輩を見ようと身を乗り出していた。 「えっ? あっ! ご…ごめんなさいっ、です」 「ん、大丈夫だよ~」  慌てて離れてもシャツは既にシワシワ、引っ張ったせいで裾は飛び出しているしで、王子様に有るまじき有様だ。  謝りながら様子を伺うと、笑いながらポンっと頭を叩かれ、触れられた場所を追って思わず手が伸びる。 「さて、と。 ストーカーくんも大人しくなったことだし、そろそろ決着付けますか~」 「煌來の方も片付きそう? 期限、今日だからそろそろ本気出さないと亮に怒られるよ!」 「それは怖いな~」  怖いと笑いながら言う先輩に、それを心配する素振りは欠けらも無く、余裕綽々で「たまには本気出そうかな~」なんて呑気に話している。 「誰かさんがポチに夢中になってるのも癪だしね~」  「それに」と言いながらチラリと送られてきた意味深な視線。  どういう意味だろうか。 「そっちは珍しく難航中みたいだね!」 「あれ、ポチまで気付いてたの~?」 「煌來、隠す気ないじゃん!!」 「ふふっ、そうだね~。 でもね、新聞部は隠してることがあるみたいだよ~?」  突如話を振られた新聞部。  先輩が次にチラリと視線を送ったのは壁際。 「なっ、何をする気だっ!?」 「証拠、出してくれないからね~。 自分で探せばいいかな~って」  自分で、と言ったのに動いたのはポチ先輩。  未だ放心状態のストーカー先輩は床に放置し、スタスタと部屋を横切っていく。  あっという間に辿り着いたのは、先輩が視線を向けた壁際の、棚。 「触るな…っ!!」  ガタンと席を立ったリーダー格。  制止しようと立ち上がったのは明白なのに、振り返ったポチ先輩の視線だけでその場に佇んでしまった。  学校によくある金属製の棚。  上半分はガラスの扉。  下半分は金属製の扉。  ガラス扉の中には、何冊ものファイルがきちんと年代順に並べられている。  ファイルのタイトルは、“学校新聞”。  金属製の扉の中には――…  ガラッ…  中を見せるように半歩横へ避けたポチ先輩。  諦めたように項垂れるリーダー格。  使いかけの消しゴム  汚れたペンケース  コードの絡まったイヤホン  ボールペン、タオル、ピアスにポケットティッシュ……  それから、アンティークなデザインの指輪。  明らかに新品ではないそれらが、棚の中に綺麗に陳列されていた。 「証拠、出てきちゃったね~」  不敵に笑う名探偵は、一体いつからこの結末に気付いていたのだろう。

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